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姫日記

恋する気持ちを持ち続けていたい姫の日記です。

9月が終わる。
ひろと最後に会ったのは今月初旬のことだから、
かれこれ一ヶ月が経とうとしている。

ひろと出会って、すでに10年。
深い関係になって8年ほど。
こんなに静かな時間の流れ方があっただろうか
と思うほど、静かにひろを想っている。

ただ、宙に浮いた時間を目一杯、ほかのことに費やしている。
仕事、家事、自分のこと。
目一杯過ぎて、感傷に浸る間もない。

寂しくて、キリキリして、
そんな時はいつも、ひろに逃げていたけれど、
その分、背負わなきゃいけないこともあったので、
今はむしろ身軽かな、、、

そう思うと、
なんで私が背負ってばかりなのさ、
どうしてひろは私の重荷を引き受けてくれなかったのさ、と、
憎らしくなる。

これが私とひろの限界だったのか。
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虫の声が聞こえる。
静かな夜だ。

今日一日あった出来事を話す相手がいない。
ただ、さびしい。

ただたださびしい。

ひろと最後に会ったその日、
ひろはチェックのシャツを着ていた。

ずっとずっと前、私があげたものだ。
プレゼントというほどのものじゃない、自分の洋服を買ったついでに
素敵なチェックのシャツを買ったのだ。
「自分のばかり買うのも何だと思って、、、はい、プレゼント。」
と、無造作にひろに渡した。

細身のシルエットのブランドで、Lサイズを選んだのだけれど、
お腹がポッコリと出っ張ったひろにはきつかったようで、
「嬉しい」と、すぐに着てくれたその一回キリ、
ひろがそのシャツを着ているのを見ることはなかった。

ひろの住処をたずねると、クリーニングから返ってきたままの
ビニール袋に入って埃を被って棚に積み上げられていた。
(素敵なシャツなのに、、、私があげたのに、、、
もう忘れているんだろうな、、、結構高かったのに、、、)
目にする度、忌々しく思っていた。


お腹の出っ張りがなくなり、痩せたひろに、そのシャツはぴったりだった。
ひろを見た瞬間、そのシャツだと気付いたが、何も言わなかった。
私に会うから、きっとひろはそのシャツを着てきたのだろう。
そうに違いないと、思いたい。
ずっと考えている。
果たして、私は機を逸してしまったのだろうか。
それとも、まだ機は熟していないのか。
いずれ、機が熟す時が来るのだろうかと。

日に日に心の痛みは和らいでいるが、
相変わらず、ひろのことを想わない日はない。
会いたい、恋しいというセンチメンタルな気持ちではなく、
遠い日の出来事を思い出す時の喪失感がある。

どうしているだろう、、、ふと、会いに行こうと思うそばから、
ひろへの嫌悪感も同時に沸き起こって、衝動は静かに止まる。

そして再び考える。
機を逸したのか、熟すのを待っているのか。


こんなふうに様々考えていても、答えは導き出せないし、
答えを出すつもりもないけれど、私の心の動きは全部、
ひろには通じているんじゃないかなと思う。


いや、通じていて欲しい。
ひろと離れて変わったことはたくさんあるが、
その一つが眠りに関することだ。

春ごろからずっと悩まされてきた不眠が解消された。
眠剤なしには眠れなかったのに、今はちゃんと眠れる。
休日には、空いた時間に昼寝さえできる。

眠剤は心療内科や、かかりつけの内科で処方されたものが
なくなって、ひろが処方されたものを半カケラにして飲んでいた。
それが残り少なくなったことで、自力で眠ることにしたのだ。

以前は、眠剤を飲まずに寝た晩は、ウトウトする状態が
朝まで続き、白々と夜が明けるのを待つような状態だった。
眠っても、一時間おきに目が覚めて、睡眠不足が日常だったのだ。


薬がなくなって、新たに処方してもらうかどうか迷ったが、
今月半ば、休日の前夜に試してみたら、朝までぐっすりと眠れた。
それからずっと眠剤は飲んでいない。

ピルケースには、ひろからもらった眠剤が最後の1錠残っている。
今、心にあるのは「無」だ。

ひろのことを考えない日は相変わらずないが、
恋しいとも、寂しいとも違う気持ちで
それをどう表現したらいいのか分からない。

しいて言えば、大事に箱にしまって
引き出しの奥に隠している感じか、、、

ひろと会わなくなって、毎日毎日を濃く生きている。
家事も、子どもたちとのコミュニケーションも
そして自分自身のこと、仕事も全力投球だ。

今まで全てに優先してきたひろを箱にしまったおかげで
「時間はこんなにも十分あったのか」と思えるほど
時間がある。
今まで、どれだけそんな時間をないがしろにしてきたのだろう。

5年ぶり以上に、庭の草取りをした。
伸びた木の枝を払い、束ねて、落ち葉をかき集め
ゴミ袋に詰めた。

私は何がしたいのか、、、
家事をしたいわけでも、子どもたちの母親としてだけいたいわけでも、
キャリアウーマンでありたいわけでもない。
何がしたいんだろう、、、
そう思いながら、草取りをしている自分の心は
清々しいくらいに無で、けれども満ち足りていた。
ひろと離れて一ヶ月が過ぎた。
思いがけず再会はしたが
それでもこんなに長く会わなかったことはない。

私にとってこの夏は光のように瞬く間に過ぎた。


ひろと抱き合って眠っていたこと、
ひろと激しく喧嘩したこと、
すがりついて泣いたこと、
恋しくて恋しくて涙したこと、
今は、全部が遠い記憶となっている。


私の選択が吉と出るか凶と出るか、
いつか分かる日が来るのだろうか。
時間が癒してくれる、、、

そのことは実体験でもあるし、
いろいろな場面で、確かに、ということに遭遇する。

けれども、記憶がうっすらと不確かになるだけで、
悲しいことも、腹立たしいことも、そう忘れるものじゃない。


過去のブログも含めて、時折、読み返している。
ひろとひどく諍いがあった時の記事を読むと、
やっぱり腹立たしさが甦り、まったく、何て、極悪な奴だと
過去の自分に加勢する今の自分が居る。

悲しい気持ちを綴った記事を読めば、
やっぱり涙が出る。

あの時も、今も、私は何にも変わってなんかいない。


腹も立つし、悲しいし、悔しい気持ちは変わらないけど、
同じように、ひろを特別な人だと思う気持ちも変わらない。
答えは出すものではなく、出る。

今日、読んだ本にそう書いてあった。
無理に答えを導いても出ない時は出ない。
自然と答えは導き出されるもの。

本に書いてあることは至極真っ当で、
理解はできるのに、なぜ、人生はこうも難しいのか。


ひろと一旦お別れした理由を自分なりに反芻しようとしても、
そこにあるのは後づけの理由ばかり。
自分でさえ自分の本心が分からない。

どうするべきか、どうしたいのか。


今、心はとても静かだ。
さざ波も立たず、緩やかで穏やかな時間が目の前にある。
こんなに平静な時が、ひろと一緒に居た頃、あっただろうか。
そう思うと、ひろと離れたのは自分の本能だったんだと感じる。
何もかもが限界だったんだ。


今の心の静かさは、何かを失った喪失感から来るのではない。
むしろ、心は満たされている。


洗濯したり、掃除をしたら気持ちが良いのと同じように、
今、私の心は澱みを吐き出しているのかもしれない。
「iPadで僕、今も普通に見てるけど、あれ、引き落とされてるんだろ。」

iPadは一昨年、ひろの誕生日にプレゼントした。
「見てる」というのは、iPadのアプリhuluのことだ。
月々の支払いは私がしている。
といっても、たかだか知れている。
別にいいか、と思ってそのままにしておいた。

「いいよ、そんなの気にしないで。
今まで通りに見ればいいから。パスワードは控えておいたよね。
ログインの方法も分かるよね。紙に書いたよね。」

「うん、分かる。」

「なら、よかった。気にしないで。」


翌日の昼前、ひろからのメール。
「渡したいものがある。道端でもいいから会えないか。」

仕事に取り掛かり始めたばかりで、外すことが躊躇われ
「今、外せないので夕方に」と返した。


結局、夕方にホテルのティールームで待ち合わせ、
思いがけず二日続けてひろと会った。
正直、面倒だなという思いもあった。

意を決して、ひろから離れたのだ。
何のために、こんなに苦しい思いをしているのか、、、

でも、あらがえなかった。


ひろから小さな包みが渡された。
「これ、全然足りないと思うんだけど。商品券。」

「受け取れないよ。要らない。」

「誕生日のプレゼントだって、君からはもらったのに、
僕は君にあげていない。だから受け取って。
僕の気持ちが収まらないから。」

そして半ば強引に渡された。



帰宅して封を開けると、
5万円分の商品券が入っていた。

もらいすぎだよ、、、
そう思ったけれど、連鎖を止めるために
私からは何のアクションも起こさなかった。
お礼のメールも、何も。


気が利いているのか、いないのか、
ひろらしいなと思って、そのまま受け取ることにした。
「君なら頑張れる。君は我慢強い人だから。」

「そうね。何年も何年も、ひろの横暴に耐えてこられたんだもん。
我慢強いに決まってるよね。表彰ものだよね。」

「そうだね・・・表彰ものだ。」

「反省してる?今までのこと?
意地悪してるのに、意地悪してないとか、
馬鹿野郎この野郎って言ったこととか。全部。」

「反省してる・・・
もう打ちのめされてる。本当にごめんね。」
ひろは深々と頭を下げた。
「毎日、心の中で君にごめんねとありがとうを言ってる。」

「私は悪くない?」

「君は何にも悪くない。全部僕が悪い。」


ひろと冗談のような本気のような
こんな軽口を言い合ったのも数週間ぶりのことだった。


「君に対して大きな声を出したこととか、全部謝る。
僕に余裕がなかったんだ。君に対してやってやれないことが
あり過ぎて、そんなイライラを自分のせいなのに、君にぶつけた。
そういうことも、ちゃんとするから。本当にごめん。
君のことを励みに、僕は頑張る。見えなくても、君のそばに居るからね。」
待ち合わせたのは、オフィスから出来るだけ離れたシティホテルのレストラン前。
ここは8年ほど前にひろに初めて誘われて食事をしたところだった。

しばらくぶりに見るひろは、前日の病院での過酷な検査のせいか、
少し痩せてやつれていた。

どんな顔をしてひろに会えばいいんだろう。

ひろは私を見つけると、片手を上げ、はにかんで近付いた。
「久しぶりじゃないか。君、痩せたか?」

最上階の和食店で街を見下ろしながら食事をした。
私は言葉が出ない。
ひろは前日の検査の大変さに、途中私の名を何度も呼んだと
話した。

たくさん話したような気がするけれど、今は何を話したのか
細かいことは忘れてしまった。
ひろに話さなきゃいけないことなんて、ない。
話さなくても、お互いのことは分かっているからだ。

「ちゃんとしててね。ひろは、短気ですぐ怒るし、
怒ってるのに、怒ってないって言うし、カリカリしないで。
毎日ちゃんと違う服を着て、髪が伸びたら伸びきる前に
切りに行って、健康的に毎日を過ごしてね。」

そう言いながら、涙がこぼれた。

「君の言う通り。君に言われたこと、全部分かってる。
今もそう言う言われたこと、あとで思い出すんだ。そう言われる
ことが嬉しい。それに、いとおしくてしょうがない。」
照れながら、ひろが答えた。


そして、
「君をそばに置いてやれない自分が情けない。
でも、これから僕は君といつか一緒に居ることができるよう
頑張る。それが僕の原動力だ。
その時、君がどう思うかは別として、僕は君を迎えたい。
ここに住みなさいと、家を与えたい。そうじゃないと、
僕は、死ぬに死ねないじゃないか・・・」

目の前に穏やかなひろが居た。

「豊かになるからね。いろいろな意味で。僕は君を愛している。
どこまで行っても、君に惚れている。だから、君は目の前のことを
納得できるまでちゃんとやるんだよ。」
以心伝心とは、このことか、、、

今日、思いがけずひろと会った。


昨日、ひろが病院で検査をする日で、その検査が
大変なことと知っていたので、気になって、手紙を書いた。
「検査お疲れ様、大変だったでしょう、、、」
そんな書き出しの手紙を昨日の午後、投函した。


今日の昼前、
「検査した。君がどれだけ僕を支えてくれていたか
改めてわかった。ありがとう。お礼が言いたくて・・・・・・」と
長いメールが届いた。

私からの手紙を受けたわけじゃない。
きっと、同じタイミングで、お互いのことを考えていたんだろう。

私自身のことが少し前に進み出したのもあって、思い切って
「具合が良ければ、ひろさえ良ければお昼一緒に食べますか?」
と返した。

ひろから届いたメールには「無視してくれてもいい」とあったのが
つらくて、思い切って返信した。


「ありがとう。食べます。」
と、再び返信があったので、気持ちと裏腹に
動揺して、、やっぱりやめよう、とひるんだけれど、
意を決して、会うことにした。
週末、子どもたちとショッピングモールに出かけた。
食事を済ませ、お店を出て先を歩く長男。

遅れまいと、歩み寄ったその瞬間、
つい長男の二の腕をつかもうと手を伸ばそうとした。

寸前で伸ばした手を引っ込めて、「ねぇねぇ」という
声掛けに変更したものの、、、

それはひろにいつもしていたことだった。


先を行くひろに追いつこうと、後ろから手を伸ばして
ひろの二の腕をつかむ。
Tシャツの袖口から手を滑らせて、直に肌に触れる。
ひろにしていた普通の仕草だ。


そんなことを瞬間に思い出して、指先に寂しさを感じた。