FC2ブログ

姫日記

恋する気持ちを持ち続けていたい姫の日記です。

こんなニュースを見た。

兵庫県の警察署で、巡査長(30)が上司である
巡査部長(30)の財布から数回にわたって計20万円を盗んだ。
犯行が発覚したのは、たびたび所持金が減っているのを不審に思った
巡査部長がバッグの中のスマホで動画を撮影していたところ
バッグに手が伸びてきたのが写っていたという。
巡査部長が上司と共に巡査長を追及したところ盗みを認めた。
『結婚資金を貯めなければならず生活が苦しかったから』
というのが盗みの理由だという。
現金を盗まれた巡査部長は被害届を出さず、
巡査長は全額を弁済したことから、事件として立件されなかった。
巡査長は停職三か月の懲戒処分となったが、同日、依願退職した。



この巡査長はその後、どうなったのだろうか。
結婚資金というからには、結婚を約束した相手がいたのだろう。
どれだけ愛が強くとも、きっとその結婚は破談になるだろうし、
相手側にとっても悲劇だ。
「あんたの彼って泥棒を逮捕するんだよね?
彼が泥棒ってどういうことよ?」
友人知人はきっとそう思うに違いない。


昨夜、姫は妹と久しぶりに電話で話した。
姫の実家はめちゃくちゃに崩壊している。
妹も、今、家庭が崩壊しそうな危機にある。


昨夜の妹の話、今朝のニュース、そして姫自身のこと、
ひろのお嬢さんのこと・・・
色々なことを考えながら思った。。
『みんな理想に向かって一所懸命なんだ』と。

理想に向かって、その理想を現実にすべく頑張っているんだ。

泥棒の巡査長だって、理想の結婚に向かって
一所懸命に資金を貯めていたに違いない。
ただ、理想に向かうための手段がまずかった。


姫だってそう。
死ぬまで愛して愛されたい。
これが理想だ。

そのために、今、どうすればいいのか、最善の手段を選ぼうと思っている。
自分自身では最善のつもりが、実は、そうではないこともあるだろう。

ただ、みんな理想に向かって一所懸命なだけ。


理想を追うことが今を狂わせるのか、
そう思うと、矛盾だらけで何だか滑稽だ。

スポンサーサイト



Kホテルのティールームを出て
地下の駐車場に向かうと、ちょうど姫の車の隣の
車の持ち主とその数人の女性(30代後半~40代か、主婦風)
が立ち話をしている。

姫がドアロックを解除すると、サッと避けたが
何となく癪に障った。
(勝手に癪に障っただけです。むしろ姫がその女性たちの癪に障ったかもしれません。)


だから、つい強気になった。
車に乗ると、助手席に座ったひろに向かって両手を広げ
『ハグして』と態度で示した。

ひろは「え?」とためらいながら腕を回したので
そのまま強引にキスをした。

「え、え・・・」
動揺するひろ。

「嫌いなの?」

「恥ずかしいじゃないか。君って人は・・・・」
ひろはそう言いながら、頭を抱えた。


ごめんなさい。
「ちょっと!」

ひろが姫の肩をトントンと叩きながら耳打ちしてきた。

「なぁに?」

「H先生が、言ってた・・・S病院の前に泌尿器科が開業するから
そこに紹介状を書くって。そこなら、大量に出してくれるからって。」

H先生は地元で一番大きな総合病院であるS病院の外科医で、ひろの主治医だ。
その総合病院の前に、永らくS病院で泌尿器科に勤めていた先生が
独立開業するという。

「え?先生に言ったの?」

「言った。」

「マジで?何て?」

「色々気になって全然ダメって。惚れた女を喜ばせることもできないって。」

「マジで?本当にそう言ったの?」

「本当にそう言った。」

ひろは何の臆面もなく答えた。


そうか、そうか。
いずれにしても、懸案事項を解決する気があることが分かった。
ひろの懸案事項はどちらも継続中だ。

そういうわけで、今、ひろは沈みがち。
姫に構う余裕などあるはずもなく、
それどころか姫のことを「しっかり者」だと信じて
寄りかかってくるものだから、大木にならざるを得ない。

娘さんのことは、やはりどうにも納得することができず
自問自答を繰り返している。
どうにもならないことと分かりきっているのに。

姫なりに意見を言ってはいるけれど、
もうあとはひろが決めること。
「ひろは、つまりどうしたいわけ?」

「出来ることならすぐにでも力ずくで辞めさせたい。」

「彼女自身は頑張るって決めているんでしょ?」

「うん。」

「じゃあ、無理だよ。ひろの価値観を押し付けるのは。
それが正しい価値観だとしても。自分で選択して、自分の足で
立っているんだから、尊重するほかないって。
思いどおりになんかさせられない。」

「でも、もったいないと思ってさ。」

「じゃあさ、ひろはもったいない人生を送ってないの?」

「・・・ひどくもったいない人生を送ってる。」

「ほら。」

「うん。」

「見守ってあげて。」

「うん。ありがとう。話を聞いてくれて。
そうだね、それしかないね。」

ひろが神妙な顔で言った。


何が幸せかなんて、誰にも分からない。
親の思う幸せが子供の幸せとも限らない。
ひろと色々な話をしながら、姫自身のことも省みていた。
今日、ひろをお店に送り届ける時のこと。
あと数分でお店という場所に来て、信号待ちで止まった。

車が激しく行き交う大通りの交差点。
姫は助手席のひろに向かって、「ん」と顎を突き出した。

ひろは例の懸案事項で頭がいっぱいらしく
姫のことなど上の空。
姫に優しく甘い言葉など一つもなかった。

だからせめて・・・との思いで、ひろにキスをせがんだのだ。

シートに沈むひろ。手にしたショッピングバッグをかざして
ほんの一瞬キスをした。

「ケチ!」

姫がそう言いながら、もう一度顔を近づけると
また一瞬のキスをした。

「もう、ケチっ!」
さらに顔を近づけると今度はほんの少し舌を使った。
と言っても、舌先をちょっと出してすぐに引っ込めただけ。

「もうっ!!ケチ!」

そんなことをしている間に、信号が変わった。

「どうぞ。」
ひろは助かった~という表情で、前方を指しながら発信を促した。


「君にそんなふうに『ケチ!』って言われたら
男はたまんないな。みんな夢中になっちゃうじゃないか。」

「そうだよ~、うかうかしてると知らないよ。」


ほんと、うかうかしてたらどこかに行っちゃうよ!
ひろが久しぶりに一人で診察を受けてきた。

午前中の仕事を済ませて、ひろと落ち合う。
「報告するね・・・」

前回のCT結果も経過も良好で、次の診察は3週間後となった。
しばらく2週間毎が続いていたので、少し進歩か。

「ほんと?ちゃんと全部言ってよ。」

「ほんと。全部言った。そっちはそういうわけで大丈夫なんだけど、
ちょっと胃が痛くなるような悩み事があって。」

「どうしたの?!」
てっきり、昨日の『懸案事項』だとばかり思った。

「娘が・・・」

聞くと、今年大学を卒業した娘さんの就職先を最近知り、
「それは大変、何てこと!」と胃を痛めているらしい。

「兄貴にも話したらさ、それは大学卒業して働くとこじゃないなって。
お前の店でアルバイトしてたほうがマシだって言うんだよ。」

ま、確かに、父親であるひろが心配するのは分かるけれど・・・

「今日、4時に娘を呼んだんだ。話をしようと思って。
ねぇ、ねぇ、何て言ってやればいいかな?」

『懸案事項』の優先順位があっという間に代わってしまったのには
ガックリと来たが、姫に意見を求めてくれたことが嬉しかった。

「親として心配なのは分かるけどさ、要は本人じゃん。
彼女がどうしたいかだと思うの。彼女なりに考えているだろうし。
仮に考えてないとしても、それはそれ。失敗しなきゃ学べないでしょ。
リスクを取り除いてあげようという気持ちは分からなくはないけど、
一生、そんなふうにそばに居てサポートできないでしょ?
自力で何とかする力を養わないとダメだよ。
それに、取り除いてあげなきゃいけないほどのリスクじゃないし。
彼女の生き方があるんだから、ね。見守ってあげたら?」

そんな趣旨のことを話した。

ひろは自分が頼りないせいで、娘がこうなっちゃったとか言って
自分を責めているようだ。

「自分を責めたってさぁ、今更過去をやり直せるわけじゃなし。
それにね、どんなに素晴らしい環境を親が与えても、ダメな子はダメだし、
どんなに劣悪な環境で育った子でも立派になる子はいるよ。
親が与えた環境や影響だけじゃない。彼女はもう大人。
自分の力で生きて行かなきゃいけないの。
話を聞いてあげるだけでいいんじゃないかな。
助けてって、来たら、出来る範囲で助けてあげれば。」



その後、ひろが娘さんとどんな話をしたかは分からないが、
どうにも心配になった。
ひろは優しさの裏返しで、ひどく意地悪を言う時もあるし、
嫌味を言う時だってある。
まさか、娘さんにひどい言い方はしないだろうが、
ただでさえ危うい親子関係が壊れるのも切ない。

そんなことを思って、夕方、ひろにメールした。
『お嬢さんに意地悪な言い方とか、嫌味とか、
分かったふうなものの言い方をしないでね。
大らかに話を聞いてあげて。』


結局、ひろの妹さんであるK子さんにも入ってもらい
話をしたそうだ。それは良かった。

少ししてひろから電話があった。

「ありがとう。心配してくれて。僕、余計なこと言わなかった。
言いたいことの100分の1くらいしか言わなかったよ。」

「それでいいよ。ひろは冷たいこと言っちゃうから。
心配だったの。」

「うん、分かってる。」


分かってんのかい!!!
ひろに近ごろ元気がないのは、他でもない。
あのせいだ。

ひろが病気と闘うようになって一年が過ぎた。
日に日に体調は改善して、日常を取り戻しつつあるのに
一つ、元に戻らないもの。

それが姫とのセックスだ。


年齢の割にかどうかは比較対象がないので
何とも言えないが、ひろは性欲が旺盛だったし
勃起力も十分だった。

姫と一緒に居て、気持ちが高まると
どこであろうと、昼間であろうと
触れずとも、硬くなっていた。

コーヒーを飲んでいる時に、硬くなって
ジーンズの上からはっきりとわかるほどの時もあった。
仕事に戻ろうと席を立とうとしたら
「今は立てない・・・」と言ったひろの困った顔を思い出す。




そんなことが全部、病気以来なくなってしまった。


バイアグラは何度か試した。
けれど、それは一時的なもので、今までのようにはいかない。
それでも、いざというときにバイアグラは役に立ったし、
ひろも精神的に安定していた。


それが・・・
先日の日曜日のこと。

バイアグラは役に立たなかった。


ひろはそのことに相当ショックを受けている。


明日、ひろの診察の日だ。
姫は仕事の都合がどうしてもつかず、付き添えない。

「一人で行けるから。朝は起こしてね。」

「ちゃんと先生に言える?」

「言える。勃起しないことも言ってくる。」

「アハハ・・・彼女に振られちゃったって言っとけば?」

「そうだな。それがいい。そのせいで振られちゃいました、って
言ってくるね。それで泌尿器科も行ってくる。」

「いきなり無理でしょ。」

「だから、先生に紹介状書いてもらう。ちゃんと治してもらう。」


ひろはそう言った。
姫はどうサポートすれば良いのだろう。

目下のところの懸案事項だ。
平日はお互いに予定がない限り毎日一緒にランチする。

姫のオフィスは駅前にあるので、ひろは駅までバスで来るか
テクテクと徒歩でやってくる。
徒歩といっても10分もかからないが。

大抵は、駅のバスターミナル地下で待ち合わせをし、
駅周辺のデパートかショッピングモールのレストラン、
あるいはホテルのレストランに向かう。
オフィス周辺の小さなお店だと、同僚や取引先と
会う確率がグンと高くなる。

それを避けるために、毎日、姫もテクテクと歩く。

いつもなら、正午前、早くても11時半ごろ
ひろから電話が入る。

「お腹空いた。早い時間がいい?遅い時間がいい?」
とか「今、銀行。もう出られる?」と。

その電話に合わせて姫はササッとオフィスを出て
ひろの元に向かう。
毎日、そんなひろからの電話を待ち、仕事を調整する。


今日、午前11時過ぎメール着信。
珍しくひろからだった。
『バスに乗りました。』

びっくりした。
突然、そんなメールが入ったのは初めてのこと。
姫の予定を聞かずに、こちらに向かうなんて。
何かあったのだろうか、それとも用事のついでか。

いつものようにバスターミナルの地下で落ち合い
少し離れたショッピングモールへ歩いた。
今日はひろの希望でフレッシュネスバーガーでランチだ。

テーブルにつくと、ひろが言った。
「僕、君に会いたくて会いたくて。待てなかったんだ。」

「どうしたの?本当に?」

「本当。会いたくて会いたくて。」

「本当だとしたら嬉しい。ありがとう。」


会いたくて会いたくて・・・
姫がひろに言ったことは何度もある。
けれども、ひろが姫にそう言ったのは初めてだ。

どんな心境の変化があったのか分からないが
本当だとしたら嬉しい。

5回も恋していると言ったひろ。

「姫もひろに恋してるよ。ずっと。
ひろはあの手この手を使ったけれど、そんなことしなくても
姫は本能的にひろに恋してた。インチキでいい加減なことをする
ひろを『何て軽い人なんだろう』と冷静に見ていたんだよ。」

「軽くて嫌いにならなかったの?セックスがいいから?」

「セックスは別に・・・」

「え?!ショックだなぁ。ガックリだよ。」

「セックスがいいからじゃなくて。それが大きな理由じゃないってこと。」

「そんなに僕のこと好きなの?」

「好きだよ。」

「そっか。じゃあ何でも言うこと聞く?」

「聞くよぉ!」

「じゃあ、水を飲ませて。」
ひろは目の前にあったグラスを指して椅子に踏ん反り返った。

「あ、はい!」
姫は水の入ったグラスを手に取って、ひろの口元に持っていこうとした。
けれど、すぐ気付いた。「あ、違う、違う。こうじゃないよね。」

そして、グラスの水を一口含んで立ち上がろうとした。
昼下がりのティールームでのこと。

ひろは目をまん丸く見開いて、笑った。
「わ、わ、わ・・・許してください。勘弁してください。」

姫が口移しで水を飲ませようとしたことを察知して
膝に両手をついて頭を下げた。

もちろん、こんなところで口移しをする気はなかった。
(ひろが受ける体制を整えさえすれば何のためらいもなく
実行したけれど。)



あんなに元気のなかったひろが歯を見せて笑った。
「僕を笑わせようとしたの?」

「そうだよ~」


ひろに元気がない。
ここ数か月ずっとそんな状態が続いている。

暑さのせいもあるとは思うが、いつまでも
落ち着かない体調のせいもあるのだろう。

ひろの気持ちを何とかほぐそうと、あれこれ考えてみる。

「恋したらいいんじゃない?」

「君に?」

「そう。」

「白紙に戻してやり直すの?」

「うん。」

「そんな実力ないもんなぁ・・・ジッパーを下ろして
君に鋼鉄を握らせることはできないもん。」

初めてひろに会った夜、ろうそくの灯りだけが頼りのショットバーで
ひろは硬くなったそれを姫に握らせたのは、かれこれ10年ほど前だ。

「同じことしなくてもいいんだよ。またやり直してみよう。
ひろはまた姫に恋する?」

「間違いなく恋する。今だって君に恋してるし。
今までも違う角度から君を見るたび、恋してきた。
少なくとももう5回は君に恋してる。」


真面目な顔をしてひろが言った。

今日、予定通り姫は友人と会い、
ひろは息子さんを連れて実家にお母様を訪ねた。

夕方にはひろと落ち合いお部屋で過ごした。

実家にはお母様と共にひろの妹さんであるK子さんが同居している。
今日はそのK子さんの子供たちも集い、食事をしたらしい。
そこで、ひろは改めて自分の人生を反省したという。

「僕は周りに甘えて、人生をナメてきた。
だから今、こんなに苦労しているんだ。
でも、これからちゃんとしようと思う。
このままじゃいけないと思ってるんだ。
仕事も何かしないといけないなぁって。」

ひろはいつになく殊勝で、正直な思いを姫に語った。

決して、将来のことも何も約束はしてくれないけれど。

「K子さんが言うんだよ。」

「なんて?」

「『あなた、いい加減なことしてたら姫さんに捨てられちゃうわよ』って。
『あ、ひょっとしてもう捨てられちゃった?』って。」

「そうなんだ。で、何て答えたの?」

「『はいっ、ちゃんとします!』って。」

「ハハハ。『あの子は僕に夢中だから、絶対そんなことはない』って
言っておいたら?」

「そんなこと言ったら『馬鹿言って』って言われるのがオチ。」



妹さんの鋭い指摘に笑えた。
それと同時に、とても嬉しかった。

昨晩の「誰を頼りに・・・」の件は、
今日、きちんとひろに抗議してきた。

「あのさぁ、そんなこと言う?愛する女性が
あなたを頼りにしたいって言うのに、あなたはあなたで
勝手にやってって・・・普通、言わないでしょ、そんなこと。」

「言わない。誰が言ったのそんなこと?」

「バカ!!」

「ハハハ・・・」

「言ってよ。僕を頼りにしてって、言って。」
ひろに懇願した。

「もう一回言うよ。誰を頼りにしたらいいんですか?」

「僕に決まってるだろ。じゃあ、僕は誰を頼りにしたらいいの?」

「私しかいないでしょ。」



今日は色々反省した。
ワガママばかりではいけないな、とか
ひろにもっと優しくしないと、とか。

自分自身を反省するメールをひろに送った。

そしてさっき電話がかかってきた。

なのに・・・



今日、ひろは朝の薬を飲み忘れたようで
具合が悪かったのはそのせいもあるようだった。

だから、姫はこう言った。
「しっかりしてくださいね。」

「僕はしっかりしていないから。君がしっかりして。」

「じゃあ、私は誰を頼りにしたらいいんですか?」

「君は自立しているから。僕が君を頼りにするの。」

「違うでしょ。僕が頼りになる、って言ってよ。」

「ぼくが君に甘えるの。」

「もう一回聞くよ。私は誰を頼りにしたらいいんですか?」

「許してください・・・」


ガッカリした。
どうして、「僕を頼りにしなさい」と言ってはくれないのだろう。
どうして、言葉だけでも夢を見させてくれないのだろう。


こういう会話はとてもひろらしい。
姫はこの言葉はひろの真意だと思っている。



無理だよ。
姫は倒れそうだよ。
姫はひろに子どもたちの話をよくする。
他愛もない話だったり、相談だったり
姫の生活の一部として、子供たちの話は欠かすことができない。

姫にとって子供たちの存在は姫のアイデンティティを
成すものであるからだ。


けれども、当然ひろにはそんなことは無関係で
姫が子供たちの話をしても、期待するような答えが
返って来たためしがない。
いつも話半分というか、「あ、そう。」程度の反応だ。


ひろの反応を面白くないと感じつつ、
それでも姫は子供たちの話をするのをためらったことはない。
何故、そんな反応をするか深く考えもしなかった。


ところが・・・


明日、姫は遠方から来る友人とランチすることになった。
そのことを先週告げると、ひろは
「じゃあ、実家にでも行ってこようかな。
しばらく母親に会っていないから。」と言った。

今日のランチ中、ひろが携帯電話で誰かと話していた。
おそらく妹さんだと思われる。
その話の中で、明日、実家に息子さんと出掛けるということが
分かった。

そのことが分かった瞬間、姫はとても不愉快だった。
申し訳ないけれど不愉快だった。

そして、ハッとした。

姫はひろからひろの二人の子供の話を聞くのがとても嫌だ。
嫌な理由は細々とあるけれど、決定的ではない。
とにかく、ものすごく嫌なのだ。

姫の子どもたちの話を聞く時のひろの反応は
ひょっとして、姫のこの気持ちと同じものか・・・


そんなこと、今まで考えたことはなかったけれど
その可能性は大いにありうる。


ひろが明日、実家に息子さんと行くことについて
姫は何も言える立場ではないし、ひろが有意義に過ごせばいい。
ひろはひろなりに姫に同行の理由を説明してくれたけれど。

そして、姫の不愉快さに気付いたのか、こう言った。
「明日、夕方には僕から電話するから。
君は友達と居ても居なくても、とにかく電話するからね。」

「うん。たぶん3時とか4時には別れて、お部屋でひろを待ってる。
待っててもいいの?」

「待ってて。」




今日、そんなことがあった。



姫の中にふつふつと沸き起こるこの感情が忌々しい。
姫の寂しさを察知したのか、少し具合の落ち着いたひろは
姫の体をさすった。
「いい体だ・・・可愛い顔をしてる。
あいつもきっとそう思ってる。」

あいつとは、先日会ったボスを指す。
ひろは勝手に妄想している。

勝手な妄想はひろを興奮させたらしい。
姫の手を取るとトランクスの中に導いた。
「硬いだろ。ちょっとだけ乗って。」

トランクスをずらしたひろに跨ると
ひろは姫をしっかりと抱き寄せ言った。
「僕は君を愛しているから。僕は病気をして何が大切か
よく分かったんだ。君を喜ばせたい。
あいつとしてもいいんだよ。他の男としてもいいんだ。
僕、嫉妬しないから。」

「しないよ。」

「ほんと言うと、僕嫉妬してる。嫉妬して硬くなった。」

ひろは支離滅裂なことを言いながら乱暴に姫を抱いた。



姫が満足するとひろも満足したのか
姫の中で柔らかくなっていくのが分かった。

今、一人お部屋に居る。
さっきひろをお店に送り届けた。

ひろは今日もまた絶不調で
一緒に居ても、ほとんど心ここにあらずだった。
それは仕方がない。

仕方がないことは分かってはいる。

分かってはいるが、心穏やかにひろを受け止められない。

姫を構う余裕などあるはずもなく、
本当は一人で静かにしていたいのだろう。
ひろだって体調さえよければ姫と日がな一日体を重ねたいはずだ。

けれど、ベッドに横たわるひろは
姫に触れもせず、じっと目を閉じている。

「寝ないで。寝ちゃダメ。寝たらコチョコチョするよ。」

「寝ないよ。」

「『頼むから寝かせてくれ』って言ってもコチョコチョだよ。」

つい、そう言って意地悪をしてしまう。
いや、意地悪をするつもりではなく、
ひろに構ってほしいだけなのだ。
構えないのなら、「愛している」と言葉をかけて欲しいのだ。
わがままなのは分かっている。

でも、姫の心は悲鳴を上げそうだ。
背を向けて眠るひろに、優しくなんて出来ない。
それが正直なところだ。

ひろの背を見ていると、涙が溢れそうになった。
・・・このままだと泣いてしまう。
泣けば、ひろを苦しませる。
ひろを責めてしまうことになる。

潤む目を瞬きせずに開いて乾かした。
泣いちゃいけない。

ひろは姫の気持ちを十分に分かっているはず
なのに、それを確かめたくてつい言葉にした。

「ひろは姫のことだけ考えてて。他のことは考えないで。
姫と死ぬまで一緒にいるためにどうしたらいいかだけ考えていて。」

「そんなこと簡単だよ。大丈夫さ、考えなくても。」

「難しいよ。簡単じゃない。姫の心が離れないようにして。
姫の心が離れないよう、ひろが努力して。」
滅茶苦茶なことを言った。




最近、「僕にもっと優しくして。」と、
事あるごとにひろは言う。

ひろは姫に甘える。ひろが甘えれば甘えるほど
姫はお母さんになる。
お母さんになんかなりたくないのに。
仕事を終えて夕方、ひろとコーヒータイム。

ひろも姫も夏バテのせいか疲れがたまっている。
(いや、歳のせいか)

ひろは頼んだシフォンケーキを目の前にして嬉しそう。

「嬉しいの?」

「うん。」

「何で?」

「ずっと甘いものが食べたかったんだ・・・」
そう言うひろの手の甲をピシリと打って、
姫はこう言った。

「チッ、チッ。何で嬉しいの?って言われたら
姫が来てくれたからって言うんでしょ!」

「あ、そうか、そうか。」

喫茶店を出て、ひろのお店に行った。
カウンターで簡単なマッサージをしてあげると
今にも眠ってしまいそうな顔で言った。
「僕を愛してくれてありがとう。本当に感謝してる。」

「感謝?愛には感謝で答えるの?
愛には愛でしょ?」

「そりゃぁ~愛には愛で君をガツンと。」



愛の分だけちゃんと答えてくれればいいんだけどね。
『案ずるより産むが易し』
何かにつけ、そう実感することが多い。

特に仕事で、何日もあるいは何週間も
手をつけねばと思いながら、その煩わしさで
頭だけを悩ませていることが良くある。

やるべきことが順序立てて思い描ければ
すぐにでも取り掛かることができるのだけれど、
経験したことがないジャンルのことであれば
それはなかなか難しい。

期限が迫っていることで、お尻に否応なしに火がつけられ
どうにかこうにか手を付け始めると・・・
結果、うまくいかないことは、まずない。

大体はその仕事の最初の一割が整えば
あれよあれよという間に一気に仕上がる。

そして、そのたびに
やっぱり『案ずるより産むが易し』だな、と
ほっと胸をなでおろす。

だったら、もっと早く手を付けておけば
長い時間、頭を悩ませることもなかったのに、と後悔するのだ。

今週も仕事でそんなことを思った。


少し系統は違うが、今日の出来事。

先日「花火」の記事を書いたが、その後も
事あるごとに一瞬一瞬の重みを思った。

今日、夕食を子供たちに食べさせながら、ふと言った。
「ねぇ、ねぇ、花火する?・・・しないか・・・」

すると、驚いたことに二人の息子はこう答えた。
「いいよ。するか、するか!」

これで話は終わった。
子供たちの意外な反応だけが収穫だった。
二人の息子は既にどちらもとうに見上げるほどの背丈で
母親と遊ぶという習慣はすっかりなくなっている。

その後、まったく別の買い物で近くのショッピングモールに出掛けた。
大型書店で本を買って帰ろうとすると、
「ママ、花火あるよ」と次男。
何故か花火セットが売られていた。

「買うか。やろうぜ。」と長男。


帰宅して、誕生日ケーキ用ろうそくを次男が探し出し
バケツに水を汲み、庭に出て花火をした。
「すげぇ久しぶり。」
興奮気味な息子二人。
「ダブルスパークだ。コレ結構かっこいい。」
両手に花火を持った長男が笑う。


あっという間に花火はなくなって
子供たちはそれぞれの部屋に戻っていく。

一人後片付けをしながら思った。


何もしないで考えるだけじゃダメだ。
行動しないといけないんだ。


『最後の花火』が今日、更新された。
昨日、ボスとこんなことも話した。



「その後、色々落ち着いてるんだよね?」
かつて、起こしたある出来事に触れてボスが言った。
ボスには一番のどん底の時に少し経緯を話し、相談に乗ってもらった。

「ええ、まぁ。落ち着いてます。
でもあと4年後どうしようかと思って。」
4年後には子どもたちが高校を卒業している。
夫とは、子どもたちが高校を卒業するまで、という約束をしている。

「そうですか・・・もう決めているんだね。
でも、どうなるか分からないじゃないか。
もう一度やり直そうって言うかもしれないよ。」

「それはないです。私にその気がありませんから。」

「そうか・・・でも、(誰かが)支えてくれているんでしょ?」

「まぁ。ええ・・・今も変わらずかつての人と一緒にいるんですけどね。
でも将来的なビジョンなんて何にもありません。
すごく不安です。何の保障も、約束もないですから。」

「そうですか・・・でも、姫さんなら誰かが必ず手を差し伸べますよ。」

「そうですかねぇ・・・私、もう45ですよ。」

「若いじゃないか。まだ若いよ。大丈夫。あなたなら。」


ボスが何を以って『大丈夫』と表現したのか分からない。
何を知りたかったのかも分からない。



ボスの知りたいことに姫は牽制しながら
ぼんやりとひろのことを考えていた。
いきなり4年後になるわけじゃない。
今の積み重ねが4年後を作るのだ。

4年後を憂えるよりも、今を大事にしなきゃいけないことは
ちゃんと分かっている。


けれども、やっぱり将来のビジョンに確証が欲しい。


何が起こるか、そんなこと誰にも分からないけれど、
4年後、姫は何をして、どこに住んで、誰と食事をしているのか。
誰の洗濯物を干しているのか。
やり切れない時は誰に当たり散らしているのか。
誰と馬鹿話をしているのか。


ボスと話をしながら、ずっとぼんやり考えていた。



昨日、かつてのボスに会った。

一週間ほど前にボスから
「来週の水曜日そちらに行きます。
16時頃時間は取れますか?」とメールがあった。

その方は、社会的にも名の通った立場のある方で
有難いことに姫に好意を持って下さっている。
(波長が合うのと、フランクに話ができるからだと思う。
恋愛対象としてではなく、たぶん。)

数か月ぶりにお会いして、お茶を飲み話をした。

「これからのことを考えているんだ。」
去年、定年を迎え今は嘱託で同じポジションに留まってはいるが
もう何の未練もないらしい。

「この歳になるとさ、もう好きなことやっていたいんだよ。
もう倫理とかそういうのは関係なく。」

そう話すボスに聞いてみた。
「何か思い描いていることはあるんですか?
ライフワークとか、これだけは絶対したい!って思うこと。」

「うん、まぁね。趣味は今まで通り続けて行くつもりだよ。
あとね・・・どうしてもしたいのが・・・」

「どうしてもしたいのが?」

「笑わない?」

「笑いませんよ。」

「甘酸っぱい恋。」

「なるほど。」

「もう一度、胸を焦がすような恋をしたいんだ。
もう一度味わってみたいんだよね。」

奥様とは良好な関係だという。でも、それはそれ、と。


数年前、このボスとひょんなことからドライブすることがあった。
その途中で何度も、あれ?っと感じた。
ひょっとして姫のこと好きなのかな??

「姫さんと旅行に行くと楽しいだろうなぁ・・・
姫さんとならヨーロッパかな・・・」とか、

「あなたを支えてくれている人はいるんですか?」とか、
(夫とはすでに破たんしていることを伝えてあった。)


ボスは素敵なジェントルマンだけれど、
それ以上の感情は抱けない。


ひろはやきもちをやくけれど。
(直接の面識はないけれど、お互いを知っている。
しかも、同じ高校、同じ大学の出身ということで、
ひろは同じステージにいるように思うのか余計に嫉妬をする。)


「甘酸っぱい恋」


「私としますか?」と言えば、どうなっただろう。


ひとしきり取り留めのない話をして
(昨日の記事の「花火」の話もした。
今は今しかないですよね、と。)
「じゃあ、またお会いできるのを楽しみにしています!」と
お別れしたけれど。


ボスとの関係は今後も良好に保ちたい。
こういう関係がいい。
そんな関係を維持できれば幸せだ。


(ひろに話したら、「そういう危なっかしい関係、
崖っぷちを歩いているのがいいねぇ~」と感心していた。)


先日のこと。

夜遅くに一人、スーパーへ買い物に行った。
カートに食材を入れていると、ふと前方に
花火セットが売られているのが見えた。

小さな子供が喜びそうな花火のセット。

それを見た瞬間に、胸が締め付けられるような
切ないような、苦いような思いがよぎった。

子供たちと最後に花火をしたのはいつのことだろう。

もう何年もしてはいない。

スーパーで売られている花火を見るたびに
まだ小さかった子供たちは「買って、買って」とせがんだ。
根負けして買った夜は、バケツに水を用意して
花火を楽しんだものだ。

そんなふうに花火を楽しんだのはいつだったろう。

結果的に最後の花火となった、その時、
『これが最後の花火』だなんて思わなかった。

また今度しようね、また来年ね、と
話していたはずだ。

それが最後の花火になると知っていたら
もっと盛大に楽しんだかもしれない。

何の変哲もない普通の出来事がある日を境に
最後の出来事となってしまう。
それが最後になるとは思いもしないで。

夏の一日、涼を求めて沢に行き、
沢蟹を探して遊んだこと。
帰りに、「沢蟹さんバイバイ」と言いながら
沢に返したこと。


そんなことを一瞬で思い出した。



今、普通に何気なくやっていること
それが最後になることだってある。
時間はあっという間にどんどん過ぎてゆく。

「また後で」、「また今度」、「そのうち・・・」
そう思っていると、いつの間にか時間は過ぎて
機を逃してしまう。
そして、そうしたいと思ったことさえ思い出さなくなる。


そんなことを思って、胸が苦しくなった。


今という時間の大事さを思って。


(久しぶりのmake loveカテゴリーだ♡)

お部屋に着くと、すぐにシャワーを浴びた。
朝、せっかく髪を巻いてセットしてきたのに・・・

ひろは青い薬を一粒飲んで、シャワーを浴びた。

エアコンの温度を下げるとお部屋は瞬く間に心地よくなる。

「ちょっと、待っててよ。」
そう言いながら、何ということのない話をした。

しばらくすると、ひろは姫がまとっていたバスタオルを
はぎ取りながら乳房に口をつけ吸い付いてきた。
ひろの頭を抱えるように、身を任せる。


ひろに「君をガツンと」と言われた時、
実は、あまり乗り気ではなかった。
生理が終わったばかりで、どうしても「したい」
という気持ちには全くなっていなかったのだ。

けれども、ひろが姫の乳房を口に含んだ途端に
体が溶けて、潤っていくのを感じた。

このゾクゾクとする瞬間が好きだ。
これから始まる快感を思って期待すればするほど
ゾクゾクは高まる。

そして、そんな自分をほんの一瞬、客観視する。
こんなに大好きなひろに、こんなことをされている・・・
こんなに大好きなひろと、こんなことしている・・・
そう思うと、更にそのゾクゾクは高まる。


ひろは姫の両脚を開きながら引っ張り下げて
ひろの腰元まで引き寄せて挿入した。

腰をグッと反らせながら上げると、ひろを感じる。

「あぁ、いい・・・気持ちいい。」
ひろが絞り出すようにつぶやいた。

今度は、姫の腕を引っ張り上げて体を起こし
ひろが下になった。
少し前に行きながら腰を沈めると深くつながる。
「あぁ、いい。当たってる・・・」

ひろはいつも、つながりながら言葉を発する。

「好きなように動いて、イッて。」
ひろはされるがままだ。
姫は上に乗るのが好きだ。ひろとしっくりくる体位だと思う。

息も絶え絶えで、ひろに覆いかぶさると
「参ったか?」と、ひろ。

バスルームに移動すると、今度は後ろから突き立てられた。
後ろから入ると、棒のように硬くなっているのが分かる。
(ひろはどうだか分からないが、姫はこの体位が好きではない)

バスルームの床にペタンと腰を下ろしたひろに跨ると
スルリと何の対抗もなく腰は沈んでゆく。
ひろの首に腕を巻き付け何度も腰を沈めては浮かせた。
体を反らせると、また違った電気が走る。


もう、クタクタだ・・・・

バスルームを出て、横たわるひろに
「もう終わり?」と冗談を言い、ひろを弄んだ。
先端をそっと撫でながら全体を握るように動かすと
ひろは全身に力を入れ始めた。
「あぁ・・・」

一層動きを速めていると、ひろの携帯に着信が。
「いい・・・止めないで・・・止めないで!
このまま・・・止めないで・・・・」

全身を硬直させてひろは果てた。


「誰にも言っちゃダメだよ。」
ひろが立ち上がって、シャワーを浴びに行く。


戻ってきたひろに聞いた。
「ねぇ、どれが一番良かった?さっきの?今の?」

「さっきのだよ。」

「今のより?」

「うん。今のより。」

「さっきの中ではどれが良かった?」

「お風呂でしたの。僕、お風呂の床に座ってするのすきだよ。
あれ、座位っていうの、あれ、好きだよ。」


姫も。
座って向き合うのが一番好き。

夏バテのせいか、週明けからどうも体がだるい。
体が常に熱を帯びているようで、つい怠けてしまう。

今朝もアラームを何度も止め、
「午前中はお休みしちゃおうか・・・」と、
悪魔のささやきと戦いながら、通常より30分ほど遅く家を出た。

車をとめ、オフィスまで10分ほど歩く。
歩き出してほんの3分で汗が吹き出し、
鉛のオモリでも付けられているかのように足取りが重くなる。

地下道を抜け、あと1分でオフィスというところで
電話が鳴った。ヤレヤレ・・・誰だよ、何だよ・・・
バッグからガサゴソと取り出してみると、ひろからだった。

「あ・・・君はもう仕事に入っちゃったか。」

「ううん。まだだよ。今、郵便局の地下。」

「あぁ、そうか、それなら・・・仕事に入ったほうがいいね。」

「ひろはどこなの?」

「僕はYを歩いている。」

「えーっ、いいよ。そこに行く。」

「じゃあ、Mホテルのお茶飲むとこで。」


というわけで、ひろにお呼び出しされ
今来た道を逆戻りしながら、さらに汗まみれになって
約束の場所へ向かった。


ティールームで汗を拭く。
「ごめんね。仕事の邪魔しちゃって。」と、ひろ。

「ううん。午前中お休みしちゃおうっかな~とか思っていたくらいだから。」

「そうかそうか。僕も暑くて。だから今からお部屋に行こうかと思ってたの。」

「そうなの?!」

「そう。で、君がまだ仕事していないなら、迎えに来てもらって
今日は体調もいいし、薬を飲んで君をガツンとやっつけようと・・・」

「マジで?!すごいじゃん!めくるめく官能の世界に連れて行ってくれるの?」

「当ったり前じゃないか。」

コーヒーを飲みながら、一日の仕事の段取りを
頭の中で思い描いた。
15分ほどして、ビジョンが出来上がったのでひろに告げた。

「シャワー浴びよっか。」

「お前・・・いいのか?」

「いいよ。仕事は全部後ろにずらすから。行こう。」
姫が立ち上がろうとすると、

「あ、ちょっと待って!まずはちょっと栄養補給を・・・」

そう言いながら、ひろはコーヒー用の角砂糖を一つ口に含んだ。
今日のランチ後のこと。

ソファに深く座ると、肩と背中が痛いことに気付いた。
肩こりがひどいせいだ。

「うぅ・・・肩痛い。」
姫がそう言うと、ひろは姫の肩をマッサージしてくれた。
厚い手で肩や首を掴まれるととても気持ちがいい。
あまりの気持ちよさにうっとりとした。

心の中で「もっと・・・あぁ、もっと・・・」
そうつぶやいていると、突然、ポンポンと背中をたたかれ

「一旦、ちょっと休憩!」と言われた。

えっ!?何で?


「休憩って・・・やめちゃうつもりなんでしょ?」

「そんなことないよ。」

「気持ちいいことは、いっつも途中でやめちゃうの。
マッサージも。」

「マッサージも?」

「マッサージもセックスみたいなことも。」

「・・・セックスみたいな?」

「そう。セックスみたいなこと!」

「すみません・・・」


ひろとしているのはセックスじゃない。
「セックスみたいなこと」。
途中で終わっちゃいけないでしょ、本当のセックスは。




(ちなみに、姫がこうしてひろに嫌味を言うのは
ひろの気持ちをブルーにさせないための工夫でもあります。
単なる意地悪ではないんです・・・ひろには効果があるんですよ!)

ひろのお腹はまん丸い。
今はいくらかましだが、病気前はそれはそれはまん丸かった。

一番ひどい時は、胸の下から大きなバルーンをぶら下げたようで、
その出っ張り部分で小鳥が巣を作れるんじゃないの?と
からかったこともあった。

そんなことを思えば、今はずいぶん痩せた。
病気をきっかけにお酒を飲まなくなったことと、
そのお陰で健康的な日々を送るようになったからだ。

けれども、お腹の横にはプルンとはみ出した肉がある。
その肉を姫は『腹タブ』と呼ぶ。
腹タブをつまんでは、
「これを無くしてね。」と言っている。

お腹の横にはみ出した肉のことを英語で
love handlesと言うそうだ。
セックスの時に「つかむ」ことができるという
ところからきているらしい。
なるほど、ハンドルか・・・
姫が命名した『腹タブ』と同じ発想だ。

このlove handlesは男性に対して使うらしいが
女性にはmuffin topと言う表現を使うらしい。
ジーンズのベルト部分からこぼれたお肉が
カップからあふれたマフィンをほうふつとさせるからだそう。
なるほど・・・


ところで、『腹タブ』のタブって、
耳たぶのタブのつもりで命名したのですが、
英語のタブ、tabと同じじゃない?!
あれ???
じゃあ、耳tabってこと?!
今日もまた、ひろは優しかった。

「優しくしなきゃいけないのに、冷たくすることがあってごめんね。」

「どうしたの?じゃあなんで冷たくするの?」

「100の内、冷たいのは1くらいだろ?」

「そんなことないよー」

お弁当を買ってお部屋で食べた。
今朝は早くから用事があり姫も疲れている。
ひろも姫もとにかくゆっくりしたかった。
けれども、今日は日曜日だというのに、ひろのお店は営業する。

夕方早いうちからオープンするというので、
そうゆっくりとはしていられない。

食事を終えて、ベッドに横たわると
ひろは優しく姫を抱き寄せ、そっとキスをした。
優しい優しいキスだった。

テレビはついていたけれど、姫がひろに触れるたびに
ひろは姫にキスをした。
生理中なのと、ひろに『その気』がないので
それ以上には進まないけれど。

二人で1時間ほどぐっすりと眠った。


目が覚めて、ひろが起き上がってベッドの端に腰かけた。
着替えようとするひろに跨り、腕を回すと
ひろはきつく姫を抱きしめて、腰を揺らした。

「したい?」
姫がそう聞くと、

「いつだってしたいさ。今だって。」

「ほんと?」

「ほんと。」

「じゃあ、またできる?」

「できる。今度は1時間前に1錠飲む。」


そして、ひろをお店に送り届けた。

お店の裏口に車を付けると、ひろは手に持った
シャツを掲げて、姫に顔を寄せてキスをした。
お店の目の前でこんなふうにキスをすることはない。
夜遅くの人通りがない時間ならまだしも、こんな日中に
しかも、ひろのほうから。

「それ、隠してるつもり?」
ひろが手にしているシャツを指した。

「うん・・・」
照れくさそうに、ひろが頷いた。
ひろを送り届けて、姫は一人お部屋に戻ってゴロゴロした。

しばらくすると電話が鳴った。
ひろからだ。

「どうしたの?」
午後3時を回ったばかり、てっきり具合が悪くて
歯医者をやめにしたのかと思って聞いてみた。

「今、歯医者から帰ってきたの。」

「そう。良かった。痛くなかった?」

「うん。大丈夫だった。君はお部屋?」

「うん。」

「お茶でも飲む?」

「うん!飲む飲む!」

急いで服を着て、ひろの元に向かった。


「どうしたの?!」

「君に冷たいことばかりしてると思って。」

「そうだよ~」

「君にもっと優しくしないといけないのに
全然できていないから。」

「嬉しい。」

「君は僕に優しくしてくれているのに。
ごめんね。気晴らしに君をどこかに連れて行って
やることも出来ないし・・・ごめんね。」

「どうしたの?何かあったの?」

「ううん。何にもないよ。」


ひろなりに思うところがあるのだなと感じた。
体調が落ち着かないのに加えて、歯医者の不安を抱えていたひろ。
その歯医者が終わって、気持ちが軽くなったのだろう。
気持が軽くなって、姫のことを考えると余裕が生まれたのだ。
何と変わり身の早いことか。
昨日、昼下がりの数時間を過ごした時のこと。

先日の診察で薬を変えてもらったせいで、
体がその薬に慣れないせいか、ひろは絶不調だ。
体もメンタルもどちらも優れず、弱気なことばかり言う。

加えて、うつ気味だからか、姫といる時間の
大半をひろは眠る。

昨日も食事をしたくないというひろに付き合って
姫も食事を取らず、そのままお部屋に向かった。
テレビをつけたかと思うと、ベッドに横になり
姫には見向きもせずにそのうち眠ってしまっていた。

そんなふうだから、セックスどころじゃない。
そればかりか姫に触れることもない。
切ない気持ちを抱えながら、姫は一人懸命に
「病気のせいなんだから・・・」と言い聞かせる。

昨日は午後3時に歯医者の予約をしていたひろ。
「2時までにお店に送って」と言われた通り
2時前にひろを起こした。
急いで服を着ようとするひろにハグをせがんだけれど
「間に合わない。もう行かなきゃ。」と
ほんの少し肩を抱かれただけで済まされた。

またしてもやり切れない気持ちを飲み込んで
ひろをお店に送り届けた。

「沈んだ顔をしないで。下を向かない!」
ひろにはっぱをかけた。

「うん。」

「下を向くとどんどん沈むから、上を向いてごらん。
そうそう、そのほうが可愛いし!」

ひろは姫の言葉に従って、キョロンと上目づかいをした。
木曜日はひろの診察の日。
今回は二人でお部屋を出て、二人でお部屋に戻った。


ひろより少し早く起きてシャワーを浴び、7時20分を過ぎて
ひろを起こした。
8時を少し過ぎてお部屋を出て病院に向かう。

このところひろは元気がない。

体調が落ち着かないだけでなく、この暑さで体力が消耗している。
前日の水曜日は、ひろも姫もせっかく丸一日お休みだったのに
ひろは「寝ていたい」と、ずっーっと眠っていた。
寝かせてあげたい気持ちと、貴重な時間を無駄にしたくない気持ちが
交錯して、イライラした姫はひろの腕や肩を噛んだ。

「君はどうしたいの?」

「ひろと楽しいことがしたいの!」

「じゃあ出掛けよう・・・」

あからさまに仕方がないという風に着替えようとするひろを制した。

「ひろがしたくないことはしたくない!」

「君に付き合うよ。」

「それじゃいや!ひろがしたいことをする。」

「僕が何をしたいって、今は寝ていたい。」

そう答えたひろにまた噛みついて、姫は泣きながら眠った。


・・・それが診察の前日の水曜日の出来事。




「昨日はいっぱい噛んでごめんなさい。もうしません。
怒ってる?」

「怒ってないよ。それより、君の貴重な時間を潰してごめん。」

いつもの診察に加えて、手術から半年が経過したということで
CTを撮ることになったので、午前中一杯を費やした。

「いいの。姫はひろのそばに居たいから。」

「ありがとう。」

「姫が病気になったら病院に付き添ってくれる?」

「もちろん!僕はちゃんとご恩は返しますよ。」

「『恩』があるからだけ?」

「愛があるからに決まってるだろ!」



木曜日の夜、お部屋で一人ひろを待っていると電話が鳴った。

「君はどこ?」

「お部屋だよ。」

「僕、もう少しで帰ろうと思って。」


ひろは『帰る』と表現した。
『行く』ではなく。


些細な表現の違いだけれど、姫にはそれが
嬉しかった。とても。


姫が待つ場所に帰って来てくれることが嬉しかった。
ひろの心が姫にだけ向いていることが嬉しかった。