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姫日記

恋する気持ちを持ち続けていたい姫の日記です。

早朝ひろの元に行き、怠惰な時間を過ごした。

姫が来たことでひろの眠りを妨げないように
注意をしていたら、姫もいつの間にか深く眠っていた。

時刻はもう8時を回っただろうか・・・
近くの大通りの交通量が増えたことが音で分かった。

まどろむひろは姫に手を伸ばし何度もすり寄っては
「気持ちいい・・・」と声に出した。
背中にキスをされ、足を絡ませられると
姫もゾクゾクとした。

ひろは姫の手を取ると
「硬いから、入れる?」
と言いながらパンツを脱いだ。

バイアグラに頼らないそれは、激しくはなかったけれど
穏やかで満ち足りたものだった。
ひろは物足りないのか
「バイアグラ飲もうかな」と
挿入したままつぶやいた。

姫は眠くて、まだ眼も完全に開ききっていないのに。

「いいよ、今は。」

そして、二人でシャワー浴びて、また眠った。

次に目を覚ましたのは10時を過ぎたころ。

テレビを見ながら寄り添い、触れ合い、
そしてついばむようにキスをした。
姫の乳房を弄び、口に含んでは肌を撫でるけれど
ひろはそれ以上の欲求がないらしい。

それがじれったくて、しばらく我慢していたけれど
仕方なく、ひろの手を取って姫の湿った部分に導いた。
ひろは指と言葉で姫をイカせようとする。
けど・・・姫はやっぱりちゃんとセックスしたいのだ。
それは、それで気持ちは良かったけれど。
「気持ち良かった?」

「う~ん、まぁまぁ。」

「ほんとは、入れて欲しいの?」

「うん。」

「もっと早くバイアグラ飲んどけば良かったな・・・」
ひろが残念そうに言った。
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昨夜遅くの電話でひろは
「僕、今お部屋に着いたとこ。
今からシャワー浴びて寝ます。おやすみ。」

「ふ~ん・・・じゃあ、明日行っちゃおうかな。」


ひろがお部屋で一人眠ることはほぼない。
お店が終わってぐったりしてそのまま
事務所兼寝床で眠ってしまう。
けれど、今、その寝どこのエアコンが壊れているらしく
ひどく不快で、お部屋が重宝しているらしい。

ひろから「来て」とは言われなかったけれど、
そんな電話をかけてくるということは、つまり
姫に来てほしいということなのだと思った。


よし!早起きしていくぞ!
と思ったのも束の間、長男のお弁当を作らなきゃ
いけないんだった・・・
で、炊飯器のタイマーを1時間繰り上げて
再セットし、化粧品やら洋服やら全部を整えて
アラームを4時50分にセットして眠った。
4時50分!!

あっという間にアラームが鳴り、急いでお弁当を作る。
そして歯磨きだけして家を出た。

お部屋に到着したのは5時20分。
そっとドアを開けると廊下の明かりが灯っていた。
部屋に続くドアを開けるとひんやりした冷気が。
(まったく・・・エアコンつけっぱなしはダメって言ったのに。)

ひろは静かに寝息を立てて眠っていて、姫に気づかない。
そっと服を脱ぎキャミソール一枚になってベッドに行くと
う~ん・・・と寝返りを打った。

横に滑り込んでもまだ気づかない。
だからそっと後ろから腕を回した。
「ん、ん・・・あれ・・・」
目を瞑ったまま、口元に笑みを浮かべて
今度はひろが姫を抱き寄せた。

「今、何時?」

「オヤジ」
そう答えて、ひろをトントンして寝かせると
再びすぐにいびきをかいて眠ってしまった。

そうしてそのうち、姫も眠りに落ちた。
ひろは、基本的におしゃれな人。
「基本的に」というのは、時々
ん?ということがあるせいだ。

今日、ランチの待ち合わせ場所にやってきたひろは
寝癖がひどかった。

「ねぇ、ねぇ、今日はやけに寝癖がひどいですよ。」

「え、本当?!」

「ほんと。」

「そんなに?」

「明らかに寝癖だなって感じ。」
姫がそう言うと、あからさまに肩をがっくりと落とした。

「ごめんね・・・」
うつむきながらひろが言う。

「何で?」

「みっともなくてごめんね・・・」


いやいや、これくらいでみっともないなんて!!
たしかに寝癖はたまにあって、なおしてあげることが
あるくらいだけれど、少し前にもっともっと
恥ずかしいことがあった。

な、な、何と!ポロシャツを裏返しで着ていたのだ。
あ~あの時は本当に恥ずかしかった。

待ち合わせをした場所に現れたひろを見た時、
少々違和感を感じた。
しばらく歩いていて、その違和感が恥ずかしさに変わった。
「ひろ、裏返し!!」

「えっ?」

ひろが着ていたのは二年ほど前に姫がプレゼントした
ラルフローレンのビッグポロ。
背中の数字『3』が鏡文字になっている。
見れば見るほど恐ろしいほどに裏返しだった。

ひろを引っ張り、50メートルほど前方に見えるトイレに急いだ。
その間、もう恥ずかしくて恥ずかしくて、前を見れなかった。

ひろは裏返しのポロシャツを着て、自分のお店を出て
繁華街の通りを歩き、バスに乗って駅に来た。

「『あ~、もうボケちゃったのね、あの人』とかって
言われてるよ、絶対。」


だから、服を脱ぐ時は、裏返しに脱いじゃだめって
言ってるのに。すぐ表に返してって、言ってたのに。

・・・実は、これで2回目なんですよね。
何で?どうしてこうなるの?
昨日、ひろと一日を過ごした。
ここのところ、ひろに小言ばかり言っていたような気がして
「ごめんね。」と、
まとめて謝った。

「一人でいるとさぁ、すごくひろが恋しくて恋しくて
『ひろー』って思うの。そのくらい大好きなの。
なのに、いざ一緒にいると、何か文句言っちゃうの。」

「僕は耐えます。っていうか、もう慣れてきた。
意地悪されて意地悪されて。」

「もうっ!!そんなに意地悪してないよ!
してる?ちょっとだけだよ。」

「そんなに意地悪してないよ。」

「もうっ!そこは『全然してないよ』って言うところ。」

「そうか、そうか。でも、君のワガママはA級だよ。」

「え?!うそ?本当に?姫ってワガママ?」

「ワガママだよ。僕には可愛いけどね。
世間では十分にワガママだ。」

「そうなんだ・・・ごめんね。嫌い?」

「好きだよ。」

「じゃあ、何でも許す?」

「何でも許す。」

「良かった~」



そっか・・・姫はワガママなのか。
しかもA級!
自分のことは分からないとは言うけれど、
まさか自分がワガママだとは思っていなかった。

う~ん・・・
姫のどんなところがワガママだと言うのだろう。


今日、裸で眠るひろの背中に傷跡を見つけた。
背中だけでない、肩にも腕にも傷はあった。

金曜日の昼下がり、激しいセックスをしたとき
そういえば力いっぱいしがみついた。
今、姫の爪はとても長い。

ひろに抱かれて脇から腕を回すと、ちょうど
ひろの肩口に爪が食い込む。

食い込んだ爪痕はまるで三日月のような形をしている。


今日も、激しくセックスをした。
(バイアグラに頼りましたが・・・^^;)

そして、ひろの腕にはまた、
生々しい爪痕が残った。

シャワーを浴びると染みるようで
「痛いなぁ・・・傷になってるよ」
ひろが嘆いた。

「姫がつけた傷?」

「そうだよ。僕の体の傷は全部君がつけたもの。」
群れを成す、徒党を組む、
何かに従属する、所属する。

姫が嫌いなことだ。

中学生の頃には、そう思うようになっていた。

友人は人並みに居たけれど、
みんなで一緒に行動することが、どうにも嫌いで
いつも一人しらけていたのを思い出す。

大学時代、何となく集った10人ほどのグループ。
でも、たぶん、一人浮いていた。
みんなが「ご飯を食べに行こう」とすると
「どこ行く、どこ行く」となかなか決まらない。
そのうち「そういえばさぁ・・・」と、違う話が始まる。
そういうことに耐えきれず「じゃあ、私は行くね。」と
一人帰っていった。
今でも、大学時代の友人たちとはかろうじて切れずにいるが、
深い付き合いはない。
恐らく『付き合いの悪い人』だと思われている。

一対一の付き合いでそういうことはないのに、
数が多くなるとダメなのだ。
それはひょっとして、独占欲が強すぎるせいかもしれない。


ひろは地元の付き合いが濃い。
長年、この地にいるから当然だ。
しかも、この地はある種の共通項を大事にする。
同じ会社、同じ学校、同じ町・・・

ひろのお兄さんと初めて会話をしたとき、
それはひろの手術中だったのだけれど、
「あなたはどこの学校?」と聞かれた。
この地では、特に出身高校によって派閥ができる傾向が強い。

姫の出身地は大阪で、そこにはあまり狭い範囲の
派閥や学閥はなく都会特有の様々な出自や環境を持った人間が
いるのが普通だったように感じている。
あくまでも姫のイメージだけれど。

出身高校が同じというだけで異常なまでに
親近感が生まれるのは理解できるけれど、
そこには『排他』も同時に存在する。

そんなことを感じるたび、この地を
「地方都市」だなぁ・・・と実感する。
決して馬鹿にしているわけでも、批判的に思っているわけでもない。
どちらかと言えば、その中に入っていけないことに
寂しさを感じている。


ひろの出身高校は全国有数の進学校で、
その分、その学閥の力は多大だ。
だから、より『排他』を強く感じる。



姫は冒頭に挙げた「嫌いなこと」によって、
同窓会には、まず出席しない。
今は遠方だから出席するのは難しいが、
近ければ出席するだろうか・・・否。


ひろは高校の同窓会、大学の同窓会と年に数回出席する。
そのたびに、姫は何とも言えない不快感に襲われる。
この不快感を説明するのは難しい。

今日、ひろは高校の同窓会に出席した。
だから一日、ひろには会っていない。
ただただ怠惰な一日を過ごした。
金曜日、いつもなら夕方までかかる仕事が
お昼過ぎに済んだ。
「今、終わったよ。」

ひろに電話すると、お店のすぐ近所にある
喫茶店でコーヒーとトーストをオーダーしたばかりだという。
車で来るように言われて、ひろの元に行き
コーヒーを飲んだ。
「僕、これしか食べてない。君はしっかり食べた?」

「食べたよ。」

「君は何時までいいの?」

「何時でも。じゃあ、Tに行ってお弁当を買う?」
お部屋の近くにあるデリの名を挙げた。

「うん!行く行く。」


デリでは、嬉しそうにサラダを数種類選ぶひろ。
「君も」と言われたが、姫は何も買わなかった。
こんなに買って、ひろが食べきれるわけがない。

お部屋でサラダを食べ、姫は一人でシャワーを浴びた。
バタバタして汗がびっしょりだった。
バスルームから出ようとしたら、ひろが全裸で立っている。
「僕もシャワーする。」

そして、ひろの体を洗った。

ベッドに入ると、照れくさそうにひろが言った。
「バイアグラ飲もうかな。」

立ち上がって、半粒をかじったひろ。
姫の脚をグッと引き寄せると、そのまま
ひろは顔をうずめた。

しばらくして、反応し始めたのか挿入したけれど
まだ十分ではない。
「半分じゃだめだな・・・」
中途半端なまま、またシャワーを浴びた。

ひろが姫とのセックスにこだわる理由は
前日の仲直りのためなんだと思った。
「姫はひろのこといつも好きだから、安心して。
少し寝かせてあげる。寝なさい。」
そう言って、ひろを胸に抱えるように眠らせた。

何か一言発したかと思ったら、ものの2秒で
眠りに落ちたひろ。あまりの瞬間技に笑えたほど。

30分ほど経ったろうか、ひろは突然目を覚まし
姫の手を取った。
「すごく硬い。芯があるだろ。眠ったからかな。」

タオルケットをはぎ取って、姫の脚を開くと
いきなり挿入した。いくらなんでも、いきなりって・・・

「あー、当たる・・・当たってる。」
ひろがつぶやく。

方手で姫の頭は抱きかかえられひろに組み敷かれた。

「今度は君が動いて。」
姫の腕を引っ張って起こし、挿入したままひろは仰向けになった。

腰を深く沈めると、体を突き抜けるような感覚に襲われる。
上体を反らして、さらに腰を深く沈めた。
「いいよ・・・そのままイッて・・・」

痺れるような快感が来て、ひろの胸にしがみついた。

「シャワーを浴びよう。」
フラフラな足取りでバスルームに行き、汗を流す。
ボディソープを取るために背を向けると、
その瞬間をとらえて、ひろは後ろから挿入した。
硬く芯のようなものが奥まで届く。

「すごく、いい・・・棒が入ってるみたい。」

「じゃあ・・・ほら・・・」
そう言って、床に座ったひろに跨った。

「すごく、いい・・・」

「こういうのが欲しかった?」

「うん、欲しかった・・・」

「気持ちいい?」

「うん、気持ちいい・・・」

我を忘れるほど、ひろにしがみついて
姫の力が抜けた。


汗と体液をきれいに流し、バスルームを出ると
先に出たひろが姫にタオルを差し出した。

「はい。」

タオルはひろの硬いままの『竿』に掛けられている。

「アハハ・・・すごいね。」

「すごいだろ!」

大判のバスタオルを掛けるに十分な
タオルハンガーが目の前にあった。
ひろが意地悪でイケスカなくて、
ものすごくワガママで、怒りっぽくて
すぐ攻撃的になるということは、大概の人は知らない。

「姫がこんなに我慢してることが
誰にも分かってもらえないのは悔しい!」

今日、そんなことをひろに言ったら

「僕はうまいから・・・
みんな、僕のことはいい人だって思ってるもん。」

「ほんと、腹立つ。」

「君にだけだもん。唯一だもん。
僕がすべてをさらけ出せるのは。他の人には見せないもん。」

「損じゃん!姫が。」

「兄弟げんかみたいなもんだよ。他人とは僕、
けんかしないもん。君とはするけど。
それだけ君は近い存在なんだ。君だけなんだ。」

「うまいこと言っちゃって・・・そんなの
ちっとも嬉しくなーい!」


ひろは心のガードが強力だ。
ちょっとやそっとじゃ、ガードは緩めない。
そんなひろを見てきて、すごく可哀想に思うことがたびたびあった。
きっと、心のうちを見透かされたくなくて、
見くびられたくなくて、心をガードしているうちに
頑なな、複雑な回路を作っちゃったんだと思う。
そのせいで、姫から見たら、ひろはすごく
「生きづらそう」に思えてしょうがなかった。
今も、そう思ってる。

だから、事あるごとに
「もっと、気楽にすればいいのに・・・」
と、ひろに進言してきた。

見栄っ張りな性格もあって、なかなか気楽に
できないひろだけど、持って生まれた性分だろうし
きっとこの先も変わらない。
ダメなとこもたくさんあるけど、ひろなりに
精一杯、姫の気持ちに応えてくれているのが
分かるから・・・


そんなひろをやっぱり愛しく思う。
車をUターンさせ、ひろのお店に向かった。
途中、ひろの好きなケーキ屋さんで
ひろの好きなロールケーキとシュークリームを買って。

お店に入ると、カウンターの一番端の席で足を投げ出し
iPadで映画を観るひろがいた。

「『よろしくどうぞ』のおじさん!こんにちは~」

ケーキの箱を差し出すと、満面の笑みのひろ。
「え、あそこの?買って来てくれたの?」

「どうぞ、召し上がれ。」

「嬉しい・・・」

「どっちが?ケーキが?姫が来たことが?」

「君が来てくれたことに決まってる。」

「何か言うことないんですか?」

「ごめんなさい。」

「何について?」

「ひどいこと言ったこと。」

「反省してる?」

「してる。ずっと考えてた。あんな言い方すること
ないじゃないか、って自分を責めた。あいつは、
あんなに僕のこと一生懸命してくれてるのに、って」

「ほんと?」

「ほんと。ごめんね。僕イライラしてたの。」

「もう、意地悪な言い方しないでね。」

「うん。」

「姫がうるさいからしょうがなく言ってるだけ?」

「違うよ。」

「ヘルパーさんに逃げられちゃ困るから?」

「もう許してください・・・」


シュンとなるひろの頭をそっと包んで撫でると、
ひろは遠慮がちに姫の唇にそっと唇を寄せた。


「来てくれてありがと。それに・・・
君からメールしてくれてきっかけも作ってくれて
本当にありがとう。君には感謝してる。
僕は君のことが大好きなんだ。だから甘えちゃうんだよ。」
昨日のお昼は久々に一人仕事をして過ごした。
ダイエットにも良かろうとランチを抜いて・・・

何度も携帯を手に取っては、ひろに連絡しようか
迷い、考えあぐね、それでも何とか仕事に集中した。

夕方、取引先と電話で話していると
話の終わりに先方はこう言った。
「よろしくどうぞ。」

この言葉を聞いた瞬間、ハッとした。
ひろの「よろしくどうぞ」よりもずっと
丁寧で上品な「よろしくどうぞ」だった。

数日前に「よろしくどうぞ」について
アレコレ言ったばかりだったのが奇遇だ。


一日の仕事をすべて片付け、帰路につく。
そして、またまた迷いながらひろにメールした。
『さっき○○のオジサンと電話で話したら、
切る時、「よろしくどうぞ」って言われた。』

ただ、それだけのメールを送った。
別に無視されてもいいと思った。
いや、ひろを試すつもりがあったかもしれない。

直後、電話が鳴った。

「電話いらない、って言われたけど電話した。
もう、今日は散々だよ・・・歯医者は痛いし、
僕の介護者は逃げそうになってるし・・・」

「ふーん・・・」

「もう帰っちゃうの?」

「うん。帰り道だもん。」

「本当に帰っちゃうの?」

「うーん・・・寂しいよ~、会いたいよ~
って言えば会いに行ってあげてもいいけどね。」
高飛車に言ってみた。

「寂しいよ~、会いたいよ~。」

「しょうがないなぁ。じゃあ、行ってあげる!」




『よろしくどうぞ』のお陰だ。
ここしばらく、10日ほどだろうか・・・
ここには全てを記してはいないけれど、
ひろとずっと綱渡り状態にあった。

と、言っても、姫が勝手に綱を渡っているだけで
ひろには大してその自覚はない。
自覚があるとすれば、いつまでも落ち着かない
体調のことくらいか。

で、昨夜、とうとうその綱から落ちた。

昼間から予兆があったことは前の記事で
記したとおり。

昨夜は、だからこそひろのほうから電話を
かけてきてほしかった。
なのに、深夜0時を過ぎても電話はなく、
姫のほうからかけた。

今、お店を終わったばかりというひろは
ことのほか疲れていた。
1分もしないうちに
「じゃあね。」と言うので、
寂しさに耐えきれなかった姫はつい
「やだやだ・・・」と口にした。

「じゃあ、君が何かしゃべって。」

「ひろがしゃべって。」

「今日の晩御飯はどうしたの?」
けれど、あとの会話が続かない。

「もう疲れた。今日は寝る。じゃあね。
また明日電話するから。」

「やだやだやだ・・・」

「オヤスミって言って。」

「言わない。」

「言って。じゃないと切るよ。」

「やだやだ・・・」

「おやすみ。じゃあね。」

「やだ~」

「・・・もうやめて!請求書書いたり
やらなきゃいけないことがいっぱいあるんだ。
じゃあね。」


そして電話は切れた。
最後の「もうやめて!」には
不機嫌さがあらわになっていた。


電話が切れた瞬間、涙がドッとあふれた。
何てことをしちゃったんだろうという後悔の思いと
そうではない悔しい思いが交錯していた。

そのあと、色々なことを考えて嫌な夢を見ては
目が覚め、目が覚めるたびに、
「あ~、ひろを怒らせちゃった・・・」
と実感した。


今朝、考えて考えてひろにメールした。
『昨日は悲しかった。ひろも優しくないし
姫も優しくすることができない。そんな状態で
会うのはやめたほうがいいね。電話もいらない。
メールも。返事もしなくていい。』


『お大事に』と、最後に付け加えようと思ったが、
嫌味にしか取れないのでやめておいた。


こうして思い返して書いていても、
姫は何てワガママだろうと思う。
けれども、姫だってずっとずっと
色々なことを我慢してきているのだ。


でも・・・・
ひろが体も心も弱っているんだから。
そう納得しようとしても、つい
自分のワガママな気持ちを抑えることができないでいる。

だからこそ、こんな時にひろには会えない。
会いたいけれど、余計にひろを困らせるだけだから。


今も何度もひろに電話をしようと思ったけれど
やめておいた。


ひろも同じ気持ちかなぁ・・・と思って
仕事に集中するようにしている。
いつもいつも回りくどいことしてるよね、私。

今日も、ひろを困らせてしまった。

仕事上のトラブルや、様々なことが入り混じって
どうにもイライラしていた姫。
ひろと過ごせば、気がまぎれるんじゃないかと
思っていたら・・・

まぎれるどころか、別の面倒を起こしてしまった。

ひろは体調がどうも優れない
これはひょっとしたら心因的なものもあるのかもしれない。
ここしばらく、ローなひろと顔を合わせていると
つい、姫はひろをいたわるどころか、
つらく当たってしまう。

今日もそうだった・・・

午前中、姫はお部屋で仕事をしていた。
お昼はひろをお迎えに行き、デパ地下で
お弁当を買って二人で食べた。

食べ終わると、ひろはテレビを見るばかりで
姫のことなんてちっとも構ってはくれない。
しばらくすると、「頼むから寝かせてくれ」と
大いびきをかいて眠ってしまった。

ひろが目を覚ましたのは2時間後。

「今日はお店を早く開けるから」と
急いで帰り支度をするひろ。

数時間、一緒に過ごしたうちの
9割は睡眠時間だ。

そのことにどうにも納得がいかず
ひろの「送ってって」に答えずにいると
ひろは黙って部屋を出ようとした。
それにもまた、カチンときて
結局、送って行ってはあげたけれど
一言も口を利かなかった。
ひろは色々姫のご機嫌を取ってくれたけれど。
でも、そのどれも姫には「不足」していた。

一緒にいるのに、背を向けて眠ることないじゃんか!

そのことがどうにも寂しく
ひろにちっとも優しくできなかった。
頭では分かっているつもりなのに
心は「構って、構って!」と
かまってちゃんになる。

ひろもきっと怒っているだろう・・・

1時間ほどしてひろは電話をしてくれたのに
優しい言葉をかけてくれたのに
文句を言うことしかできなかった。


きっと、もっと怒ったかもしれない。


だから、そのあと夢を見た。
姫が意地悪をしてひろが怒る夢だ。


夕方遅く、今度は姫から電話をしてみた。
「ひろが怒ってる夢を見た。怒ってる?」

「怒ってないよ。それは夢でしょ?」

「そうだけど・・・」

「君、元気ないじゃないか。元気出して。」

「だって・・・寂しいんだもん。」

「寂しいわけないじゃないか。」

「だって、ひろが構ってくれないし。」

「ごめんね。優しくできなくて。
君にそんな思いをさせて本当に不甲斐ない・・・」


姫はやっぱりひろを困らせている。
なのに、また同じことを繰り返してしまう。
なんて嫌な女なんだ・・・
ひろは独特の言葉遣いをすることがある。
方言ではなく、何というか『独特』の言葉遣いだ。

その一つに「よろしく、どうぞ。」がある。
姫の嫌いな言葉だ。

どんな使い方をするかというと・・・

主にさして親しくない間柄の人と電話で話して
その締めくくりに使うことが多い。
例えば、
とある人「先日、相談した件はその後どうなっていますか?」

ひろ「あの件はしかるべき人に任せていますから大丈夫ですよ。」

とある人「いつもすみませんね。また頼みますね。」

ひろ「はいはい。また。よろしくどうぞ。」

そして電話が切られる。
つまり電話を切るための常套句で
「よろしくどうぞ」という言葉自体には
殆ど全く意味はない。


今日も、姫のそばでひろが電話で話している時
「よろしくどうぞ」で電話を切った。

「その言葉・・・姫、嫌いだよ。」

「丁寧な言葉じゃないか!」

「全然丁寧じゃないし、『超社交辞令』って感じの
表現で慇懃無礼だよ。それに、そんな言い方、
ひろ以外から聞いたことがない。
とにかく、姫は好きじゃない。そんな言葉
使わないで。すごくイケスカナイ。」

長年、思っていたことを口にした。
姫もその言葉を言われたことがある。
ひろが電話を切る時、姫にその言葉を使うのは
決まって機嫌が悪い時か、都合が悪い時。

その言葉で電話が切られたら、姫はいつも舌打ちする。
ほんと、イケスカナイからだ。


突然、姫からそんな苦言を言われて
ひろは面白くないようで、アレコレ言い訳をする。

「『どうぞ、よろしく』ならいいの?」
と、ひろ。

「いいね。そのほうがずっとずっといい。
『よろしくどうぞ』はイケスカナイ爺さん語で、
『どうぞよろしく』は可愛い爺さん語だよ。
ひっくり返すだけで全然違う!」

ひろはちっとも納得していないようだ。
でもさぁ、ひろの『よろしくどうぞ』は
ほんとにイケスカナイんです。

うまくニュアンスを伝えられなくて歯がゆい~
今日のお昼、待ち合わせ場所で待っていると
交差点の向こうにひろが見えた。

ポロシャツのボタンが全開で、何ともだらしない・・・
テロンとした素材が余計に年齢感丸見えの首元を
目立たせていた。

ヤレヤレ・・・

姫は無言でシャツのボタンを一つ留めた。

こういうこと、もうちょっと気を付けて欲しいんだよなぁ。

ひろは歯医者に行った帰り。
薬をもらったと言うが、手ぶらだ。
「薬は?」

「ポッケの中。」

見ると、ズボンのポケットがやたらと膨らんでいる。
みっともないったらありゃしない。

「出して!」

ポケットからは薬の袋、携帯、老眼鏡、カード入れ
お薬手帳が次から次に出てきた。

「こういうのはポケットに入れちゃダメ!」

「バッグ持ちたくない」

「じゃあ、袋のまま手に持てばいいじゃない。」

「みっともない。」

「ポケットが膨らんでいるほうがよっぽどみっともない!」

「僕は男の子だから。」

「男の子じゃない。老人。」

「君は・・・まったく。」

「だって、『はい』って聞かないから。
もう、みっともなくっても言ってあげないよ。
他人に『あの人、みっともないわ。身だしなみを
整えてくれる奥さん居ないのかしら』って
思われても知らない!!」

「僕はお洗濯も自分でしてるから・・・」

「あら、奥さんやってくれないの?」

「居ないの・・・」

「あら、お亡くなりになったの?
それはそれは失礼しちゃったわ。」

「逃げられたんです・・・
君は本当に意地悪な人だ。」

「ひろが言うこと聞かないからでしょ。
姫の言うことはちゃんと聞くって約束したのに。」

「君は僕の言うことだけハイって聞いてたらいいんだ。
君みたいな高慢ちきな女は!」

「高慢ちき~??ふーん・・・
もう知らない!!」

まぁ、冗談半分のやり取りだけれど
ひろはやっぱり姫の言うことなんて聞かない。
またきっと、ポケットを膨らませるんだ。

薬を入れた半透明の袋に携帯やら、老眼鏡を全部入れ
姫が預かっておいた。

別れ際に、その袋ごとズボンのベルト通しに
くくりつけようとするので
「ぎゃーっ!!やめて~!
それはやめてーーーーー!!」
と叫んだ。

「じゃあ、どうしたらいいの?」

「手に持つに決まってんでしょ!」


・・・ダメだこりゃ。
昨日のテレビの一件は、昨日のうちに片付けた。
帰宅して、夕食を済ませてからもう一度
お部屋に戻って、設置などを完了させておいたのだ。

「ひろに喜んでもらいたいから」
姫がそう言うと、
「僕も君に喜んでもらいたかったから」
ひろもそう言った。

ひろがお部屋にテレビを買ったのは
端的に言うと、今まで以上にお部屋で過ごす時間を
増やすため。
姫は一人でお部屋で仕事をすることもあるから。
その時、ひろは邪魔をしないようテレビを見て、
姫のそばに居たいのだろう。

お互いを思いやったつもりが、少しのイライラのせいで
意思疎通がうまくいかずすれ違った。

今日、午前中のうちにお部屋に来て掃除と
ベッドシーツの交換をしていると、ひろから電話。
暑い中を出歩かなくていいようにと、デパ地下で
お弁当を買って、お部屋に来るという。

小一時間ほどして、やってきたひろは
姫に花束を差し出した。
「はい。少ないけど。黄色はこれしかなかった。」
薄い黄色のガーベラの束だった。

「わぁ!どうしたの?何で?」

「君が頑張ってくれたから。」

「え~何で?何かやましいことあるの?」

「ありませんよ!」

ガーベラを花瓶に活け、お部屋に飾ると
殺風景な空間が一気に華やいだ。
「すごくいい。」

「良かった~。君、『やましいことあるの?』だって!!」

「だって、普段しないことするから。
妙に優しいしさぁ・・・」


決して“やましいこと“はないのだろうが、
お花を買って来てくれたその気持ちが
何よりものすごく嬉しかった。



以前なら、諍いの後、決して譲歩することも
謝ることも、こんなふうに取りなすこともなかったのに。
ひろ、本当に変わったな・・・

昨日、ちょっとしたすれ違いがあった。
お互いがイライラしてたせいのすれ違いだ。

しかもお互い、思いやりも寛容さも持ち合わせていなかった。

原因は本当に些細なことで、コンディションが
良い時であれば、笑って流せることなのに。
昨日は、いつまでもいつまでもイライラと会話を交わし
挙句の果て、別れ際には言葉も目線も交わさなかった。

腹立たしい気持ちを抱え、エステサロンに行き
怒りながら眠った。
諍いがある時はいつも、「もう無理」と感じる。
瞬間的な感情ではあるが、いつもそう思う。

サロンを出て数分後、自分でも説明できない
気持ちの経過があって、ひろにメールした。
“急いでいたのはエステに行かなきゃいけなかったからなの。
テレビの線と台は姫が今からセッティングしておくから。“

もめ事の原因はお部屋に新しく買ったテレビのことだった。
(話の詳細は長くなるので割愛)

すぐ、ひろから着信があった。
第一声は「ごめんね」。

姫からメールを送ったのは姫なりの譲歩だったけれど
それ以上にひろの譲歩も大きかった。
ひろだけが悪いわけではない。
姫だって思いやりがなさ過ぎたのだ。

ひろの「ごめんね」に姫の心は一瞬で射抜かれ
涙がこぼれそうになった。

「今からセッティングするからね。姫に任せて。」

「明日でもいいから。あ、明日電話してもいい?」

「今日も電話して。」

「うん。」



ほんの数時間前には「もう無理」だと
感じたのに・・・

だから、心の中で「ごめんね」とつぶやいた。
ひろと密度の濃い数日を過ごして
楽しいと感じた一方で、少し疲れもした。

今は、どんなにあがいても
ひろと過ごす時間は非日常でしかない。
それが姫をぐったりと疲れさせるのだ。

「君といると楽しい。」
ひろもそう無邪気に言った。

「そうだね。でもさ・・・これは非日常だから。
このお部屋にいて、やらなきゃいけないことは
何にもないもん。ひろも姫も。
ご飯も作らなくていい、洗濯もしなくていい。
何にもしなくていいから。」

姫の空虚な気持ちがひろに通じたのかどうか
それは分からないけれど、ひろは何にも言わなかった。


いつか、ひろと日常を過ごしたいなと思う。
お互い、言葉にすることはしないし、出来ないけど。
今の非日常が日常に変わると、どうなるんだろう・・・
そんなことを思いながら、一日一日が過ぎていく。


「歳とったら、あんまり体を使わなくていい仕事を
したいなぁって思ってる。何しようかなぁって考えてるんだよ。」
今日、ひろが唐突に言った。

言葉のニュアンスから、姫との『いつか』を
考えてくれているような気がした。


ずいぶん時間が経ってから、聞いてみた。
「ひろが70歳になっても、姫と一緒にいる?
姫とセックスだってする?」

「もちろんだよ!そのころにはバンバンに回復してる!!」
ひろが笑った。
海の日はひろのお店もお休みで、
だから、これでもかというくらい眠った。

お昼、ようやく起き上がってシャワーを浴びて
姫はお化粧をし、出かける支度を整えた。

「さぁ、どうしますか?」

「○○に行こうか!」
ひろは近くにある地ビールレストランの名を挙げた。
そこならお部屋から歩いていけるし、なかなか雰囲気の良い
本格的なビアホールだ。

お部屋から歩くこと5分。
お昼にもかかわらず、意外に混んでいる。
しかも、まるで旅行にでも来たみたいな錯覚に陥った。

「いい感じだね。」
ひろは黒ビールを、姫はビアカクテルを
オーダーし、料理もアレコレたのんだ。

ひろとお酒を飲むのは、ほぼ一年ぶりのこと。
体調の落ち着かないひろは、今もまったく
アルコールを口にしない。
以前は、毎日のように飲んでいたし、
姫もひろに付き合って、週に一度は飲んでいたと思う。

「久しぶりに飲んでパーッとしたいなぁ・・・」
少し前に姫がそう言ったのをひろが覚えていたんだろう。

ほんの少し酔うほどに飲んで、
お腹いっぱいになって、ビアレストランを出た。
まぶしいくらいの日差しを浴びながらお部屋に戻ると
服を脱ぎ捨て、ベッドに入った。

「クタクタしよう。」
肌を合わせながら、うたた寝をし
いつの間にか姫は眠ってしまったようだ。

ひろはすっかり酔いも眠気も覚めているようで
突然立ち上がると、例の『本物のバイアグラ』を
半かけ飲んで、姫のそばにすり寄ってきた。
「もうちょっと待っててよ。」

そして、その『本物』の力を借りたセックスは
やっぱりいつもとは違った。
ひろが積極的で、体位を何度も変えるのだ。

すっかり汗だくになって、シャワーを浴びて
また眠った。

日がとっぷり暮れたころ、ひろが言った。
「ラーメン食べたい。食べに行こう。
それでお風呂に入って、またセックスしよう。」


そんなわけで、海の日は海にも行かず
怠惰で密度の濃い時間を過ごした。
日曜日の朝、ものすごく寝坊をした。
何の予定もないのだもの。

くつろぐひろとじゃれ合った。

ダラダラとした時間が心地いい。

ひろは服用している薬のせいもあって
眠気がひどい。
8時間以上眠ったにもかかわらず、まだ眠ろうとする。

そんなひろに、何度もちょっかいを出し、
眠るのを阻止した。
「構って!!」


しばらくすると、ひろが言った。
「おい、お前、真っ赤だぞ。」

姫の顔、首、胸元が真っ赤だ。
「ひろのひげのせい。」

「そんなになるのか?」

姫の肌は敏感だ。
しかも数年前から蕁麻疹が治らない。

「姫が剃ってあげる?」

姫の顔そり用の新しいカミソリでドキドキしながら
ひろのひげを剃った。
思った以上に、硬く、難しい。
「『積年の恨み!』とか何とか言って、
頸動脈をザックリいくかもしれないのに・・・」
そんな戯言を言いながら
何度もマッサージクリームを付け足して、
丁寧に剃りあげた。

仕上げにホットタオルで拭き取ると、
しっとり滑らかな肌触りになった。



午後3時、ひろをお店に送り届けて
姫は一人、スーパードラッグストアに行った。
男性用のシェーバーをまず選んで、
姫用の美容液パック、レギュラーコーヒー、
飲み物、お菓子をいくつか買って、お部屋に戻った。


「ただいま」と、ひろが帰って来たのは
深夜0時を過ぎたころ。

余分なものはたくさん持ってきているのに、
携帯電話を忘れたと言う。

仕方なく、二人で車でお店に逆戻り。
帰りに、ついでだからと、ファミレスに寄った。
深夜の徘徊も、また、楽しい。
この連休はひろと過ごした。

土曜日の朝、家事を一気に済ませ
数日分の支度をし、大荷物を持って家を出た。
お昼前、お部屋に到着して荷物を降ろし、
ベッドメイキングをして、掃除をした。

これからほんの数日、非日常を過ごすために。

一日はあっという間に過ぎる。
お昼のひと時をひろと過ごし、お店に送り届けたあとは
姫一人の時間だ。

こめかみに目立ち始めた白髪を染め、
足の指を念入りに整えて、ペディキュアをした。

少し眠ろう・・・
ウトウトし始めたのが午後7時頃だったろうか。
目を覚ました時には既に真っ暗闇だ。

Huluで映画を観ながらひろを待つ時間の
何と幸せなことか。

深夜0時を回って、ひろから電話。
「クタクタ。汗でベタベタ。」

迎えに行くよと言う姫の申し出を断り、
ひろはタクシーでお部屋に来た。

ピーッピッピ・・・電子ロックの解除音がして
「ただいま。」と、ひろ。

シャワーを浴びて、その夜は何もせずに
そのまま眠った。
ひろが病気してからというもの、
めっきりセックスの頻度が減った。

仕方がないことではあるんだけれど、寂しく思うのは
姫だけでなく、ひろも同じようで
「君をちゃんと抱けなくて、ごめんね。」

たびたび、そう言う。

男性の性はデリケートで、体調だけでなく
メンタルの状態も良くないと、『良くない』。

もう、そういう気が起こらなくなっちゃったのか、と
がっかりしていたのだけれど、そうではないようで
「その気」は十分にあるらしい。

で、少し前、知人にもらった中国製の模造品を
試してみたのだけれど、これがなかなか良くて
「やっぱ、薬の効果ってあるんだねぇ」と
二人で感心した次第だ。

そんな経緯があって、ひろの主治医に頼んでみたら
「この科では出せないから紹介状を・・・」
ということになり、そのままになっていた。

「本物を正式に発注しましたから。」
先日、ひろは友人のお医者さんに頼んで
処方してもらったらしい。

「これで、君を喜ばせてあげられる!」


いや、いや・・・
姫はそんなにこだわってないんだけどね。
「その気」があることが分かっただけで満足
だったんだけど。

でもなぁ・・・使わないものはどんどん退化するっていうし
使ったほうがいいのか!

広いアウトレットモールの中、あの店この店次々と覗いた。

「好きなものを買うんだよ。そのために来たんだから。」
なかなか決められない姫に対して、ひろが言った。

ちょうどその時、目の前にワコールショップが。
「いいこと思いついた!ねぇ、下着買って。
あ、下着も、買って。姫の下着を見るのはひろなんだし。
ね、いい?」

「もちろん。」

そして、姫は一人でブラジャー、ショーツを
何組か選び、レジに置いてからひろを手招きした。

「ありがと!」

それから、再びあちこちを見て相当くたびれた頃、
姫の好きなkate spadeのショップに入った。
どれも、サイコーに可愛い。

「ねぇ、服をこれ以上見るのはキリがないから
ここでバッグを買うことにする。いい、買っても?」

「そうしな。」

レジに二人で並ぼうとしたら、ひろがお金を姫に
渡そうとするので、
「それは違うでしょ?ひろがちゃんと支払いまで
してくれなきゃ。」

「そうか、そうか。」


ということで、今年の誕生日プレゼントは
下着とバッグをもらった。

「まだ少し早いけど、誕生日おめでとう。」

・・・と言っても、誕生日はまだ来ていないんだけど。




この連休は、今のところひろと過ごそうかと思っている。

ホテル別館の日本料理店に入った。
案内されたのは、小さな個室。
「いいね、シッポリしてて。」

食事をしているとひろが聞いた。
「で、このあとどうする?」

「さすがに海には行けないよ、今日は。」

「買い物に行こう!君に誕生日プレゼントを
買ってあげたいんだ。僕が何か買って来てあげるより
君が好きなものを選んだほうがいいと思って。
前に行ったTの店、君がここ大好きなのって
言ってただろ。あそこに行こうか。」

「ちょっと考える。」


そして、しばし考えて姫が出した答えは・・・

「ねぇ、アウトレットに行こう!○○の。一時間半くらいだから。」

「行こう、行こう。僕、アウトレットって行ったことがないんだ。」

「楽しいよ。行こう。」

ということで、食後の昼寝をしているひろを
助手席に乗せ、高速を一時間半ひた走った。

「すごく素敵な景色だよ。」
ぐっすり眠るひろを起こした。

「起こしてごめんね。でも、もう5分くらいで着くから。」

「もう着くの?僕にしたら5分しか経ってないのに?」

「・・・ったく。ホントだよ。遠慮もなしに眠って。」


ようやく起きたひろと手をつないで
アウトレットモールへと、いざ出陣!

「昼飯食おう。」

日曜日、ひろのお店はお休み。
姫も一日出ていられるように、家のことも済ませていた。

「どこに?」

「Bに。」
ひろは海辺の町の名を挙げた。

「B?!で、Bのどこに?」

「ホテルでもいいし。」

「いいし?」

「別のとこでもいい。」

「それじゃあ分かんないよ。何を目的に
Bに行きたいのか。」

「最近、釣りもしてないし。海に入ってもいいし。」

「こんな炎天下に?日光アレルギーの私を連れて?
しかも水着も持ってないのに海に入るの?
何の支度もなしに?」

「いや、別にいいんだ。」

「訳分かんないよ。ひろが行きたいところを
否定しているわけじゃないんだよ。
それならそうと、心づもりもあるし、
支度だってしておかないといけないでしょ?」

「そりゃそうだ。じゃあ、Sに行こう。」
そして、ひろは郊外の地名を挙げた。

「S?どこに?」

「いや、やっぱりあれを食おう。シュラスコ!」

「ごめん、シュラスコはちょっと・・・」

「君の誕生日がもうすぐだから、プレゼントを
買いに行きたいんだ。でもずっと考えてたんだけど
思いつかなくて。何週間も前から考えてたんだよ。」

「で、?Bなの?」

「いや、そういうわけじゃないけど。海に行きたいなと
思ってさぁ。」

「あのさ、いつもいつもお願いしてるけど、
行く場所によって色々支度が必要なことってあるじゃない。
ちゃんとお化粧してくるとか、ドレスアップするとか
逆にアクティブな格好をしてくるとか、たくさん歩くから
ヒールの高い靴は避けるとか、ジーンズにするとか
そういう色々な準備ってあると思わない?」

「僕は君がどんな格好でも気にならない。」

「ひろの問題なんじゃなく、姫の問題。」

「そうか、そうか。」

「それに、下調べすることだってあるじゃない。
そのお店は予約なしに入れるのかとか、
アクセスはどうかとか、どのルートを通って行こうとか。
ひろはいつも行き当たりばったりでいいって言うけどさ
行き当たりばったりに適したことと、適してないことが
あって、大概、今まで失敗してるでしょ?学習してよ。」

「何か、僕責められてるみたい。」

「そうじゃない。そうじゃなくてね。
少しは姫の準備のことも想像してほしいだけ。
少なくとも思いついたときに連絡してくれれば
いいだけじゃない。朝起きた時でもいいんだよ。
そしたら、いくらでも対応できるのに。
有意義じゃん、そのほうがずっと。」

「僕、考えられないよ。」

「分かってる。だから、全部姫が考える。
ひろは何にも考えなくていい。情報だけを
姫に与えて。そしたら、全部姫が考えるから。
任せてくれたらいいんだから。」

「うん。わかった。じゃあ、Gホテルでまず飯を食おう。」


何でいつもこうなるんだろう・・・
ひろはものすごく勝手で我儘だ。

出掛けると思ったら、何もしたくないと
一日中ベッドにいるし、かと思えば、
突然海に行きたいと言うし。
いきなり、「今から銀座に行こう」と
言われたことだってある。

さすがに、近所のスーパーに行くような格好で
しかもすっぴんで銀座には行けないよ・・・


そんなことがひろには全然分かってもらえない。




今日はひろの診察の日だった。
朝7時にモーニングコールで起こし、
支度を整えてひろをピックアップ。
8時半には病院に到着したものの、あいにくの天気のせいか
地下の駐車場はすでに満車。

列に付いたけれどしばらく待ちそうなので
先にひろだけ降りて受付をしに行った。

診察予約時間は午前9時。
結局、姫が駐車場にとめられたのが9時10分。
ひろ一人で診察室に入ることになった。

駐車場から急いで診察室前に行くと
ちょうど診察中で、外で待つことにした。
何だか途中でノックして入るのもはばかられたのだ。

しばらくして診察室から出てきたひろ。
「ちゃんと先生に言えた?」
自己申告できたかどうか確認した。

遅れて看護婦さんが出てきて
次回の診察日の説明、処方箋を渡された。
総合受付に移動しようとすると、ひろが言った。
「いいの?先生に会っていかなくて?」

「いいよ。別に。」
そう、ぶっきらぼうに答えたけれど・・・


実は、ひろの主治医は姫の「どストライク」なのだ!
もちろん、ひろにそんなこと言ったことはないし、
悟られるようなことはないと思うんだけれど・・・

先生は姫より5つほど年下。
医者としてはまだまだ若いほうだろうが、
ずいぶんと実績もあるようで、とても頼りになる。
ドライなようで、お茶目、クールなようで
実は、優しい。
まぁ、姫としてはそんな印象を持っている。

だからと言って、何てことないんだけど・・・


でもね、ひろは言う。
「アイツ、君のこと気に入ってる。」

数週間前、ひろのお店にお客様として
先生が来たとき、先生は
「何かあったら、いつでも電話して。」と
先生の個人携帯番号をひろに教えたという。

「アイツ、僕に番号教えて、それって、何らかの形で
君に伝わるようにってことかな・・・」
と、深読みしていた。


いや、別にどうということはないんだけれど、ね。
ムフフ・・・
昨日からずっと気持ちが沈んだまま。
仕事が落ち着かなくて心に余裕がないせいもある。

いや、そうじゃなく、
日曜日のひろとの一件によるところが大きい。

あんなにひろに対して強情を張らなきゃ良かった。
我儘で傲慢が過ぎた。

ひろは、何にも言わないし
姫を責めるようなことはもちろん言わないけれど
姫なりに結構、反省している。

「元気ないじゃないか。心配しちゃうじゃないか。」
ひろが言う。

「何かさぁ、ものすごく気分が沈んでるんだよ。」

「何で?」

「ひろに意地悪なことをしちゃったし、こんなことしてたら
嫌われちゃう。」

「そんなこと考えてたの?大丈夫だよ。
大好きだから。元気出して。」

と、言われたものの・・・

やっぱり沈んだ気持ちはどうにもならず
何が原因なのかもよく分からず。

だから、今日仕事中に突然思い立って
美容院に行ってパーマをかけた。

午後8時前、子どもたちと外食していた。
ザワザワしたお店の中、電子音が聞こえたような気がした。
バッグの中の携帯をそっと確認すると、ひろからの不在着信。

折り返すことは出来ず、メールした。

『子どもたちと外食中。もう帰ってきたの?
すぐ寝ちゃわないなら、会いに行く。会いたい。
後で電話します。』

『帰ってきた。了解。待ってる。』

食事を済ませ、子供たちを家に落として
ひろの元に急いだ。

ごめんなさい、を言うために。

ひろの顔を見てホッとした。
ひろもホッとしている。

「コーヒー飲みに行こうか。甘いものも食べよう。」

近くのデニーズに行き、チョコレートケーキを食べた。


「反省した?」
微笑みながら、ひろを覗き込んだ。

「した、した。アイツを怒らせちゃったなぁ。
何で早く言っておかなかったんだろうって。
アイツ、怒ると長いからなぁ。早く言っておけば
昼寝することも出来たのに、って。」

ひろは姫に予定を言わなかった理由を話した。
「この予定があると君に会えないなぁ、君に会いたいけど、
でも、出なきゃいけないし・・・そんなことを考えているうちに
言いそびれてしまったんだ。ごめんね。
これからはもっと早く言うね。ごめんね。」

ひろなりの精一杯の反省だった。

「痛かった?」
ひろに付けた爪痕を触りながら言った。

「痛いよ。」

「ごめんね。」

「お部屋に行こうか。」

そして、お部屋に行って、お昼の時間のやり直しをした。


シャワーを浴びて、ベッドに入って抱き合った。
姫が暴れた2時間もの間、
ひろは姫を見離さなかったし、呆れもしなかった。
そしてまた、逆ギレすることもなかった。

以前のひろなら、そうはいかなかったはず。
ひろの我慢の限界に達したら、姫が泣こうが喚こうが、
逆ギレして、一人部屋を去り、電話にも出ず
姫が反省して大人しくなるまで、冷たい態度を崩さなかった。

そんなひろが、最後まで姫のペースに合わせた。
「反省している。僕が悪かった。」と。


帰宅して、クールダウンするためにしばらく眠った。
目が覚めるころには、もう決めていた。
ひろに会いに行こう、と。
ひどく意地悪したことを謝りに行こう、と。
ひろに素直になろう、と。

きっと、ひろは寂しく夜を迎えるに違いない。
ひろが帰ったら、きっと電話があるに違いない。
そう、思っていた。
お部屋に到着してから、姫は止まらなかった。
いや、止められなかった。

「何で予定が分かった時点で言ってくれないの?
そしたら、ガッカリすることもないし、有意義な予定を立てられるのに。」

「そうか、そうか。言ったつもりでいたんだ」

「ひろはいつもそう。都合が悪いことは何にも言ってくれない。
私がひろと会うためにどれだけ準備して段取りしているか
分かってくれはしない・・・・」
一気にまくしたてた。泣き喚きながら。

「僕のことはもっと気楽に考えて。キミが忙しいのは
分かってる。だから、もっと気楽に。そっちが忙しければ
そっちを優先してくれればいいから。」

その一言が姫の怒りに油を注いだ。

「何、気楽って?姫には手をかけてやらないといけない子供がいるの。
やらなきゃいけない仕事もあるの。それを一生懸命やりくりして、
整えて、ひろと一緒に過ごす時間を作ってるの。
気楽に考えてれば、時間なんて作れない!ものすごく考えなきゃ
時間なんて生まれない!
姫はひろと一緒に居たいの。そっちが忙しければそっちを優先って、
じゃあ、こんなふうにひろと一緒にいることなんて出来ない。
忙しいんだから!!何でそんなふうに言うの?」

「僕が怒らせちゃった・・・」

それから、ひろは手を尽くしてくれはしたが、
イライラMAXの姫に何も通用するわけもなく、
結局、何も解決しないまま、ひろは油だけを注ぎ続けた。

そのたびに、姫はひろにガリ(爪を立てる)、
ボキ(指をひねる)、ガブ(噛みつく)をした。
どれも、「怒っているんです」というパフォーマンス
でしかない程度だったけれど。

そして、腹立たしいまま、ひろを送り届け無言で別れた。

「ありがとう。ありがとう・・・明日電話していい?
今日の夜・・・夜、電話する。」
ひろはそう言い残して車を降りた。
日曜日、ひろから電話が掛かってくるんじゃないかと思っていた。
朝、目覚めては何度も眠り、また目を覚ました。
電話が鳴ったのはお昼前。
やっぱり・・・

「寝てたか?」

「何?」

「お昼ごはん一緒に食べようよ。寝てたいか?」

「だって寂しいから。」

「そうか・・・」

「会いたいの?」
高飛車に尋ねた。

「そりゃ、会いたいさ。だから電話したんだ。」

「ふーん。じゃあ、会いに行く。」

そして急いでシャワーを浴び、着替えて
バタバタと家を出た。

急いで家を出たせいで、たくさん忘れ物もした。
それもあって、イライラしていた。
ひろにイライラするから、「会わない」と強情を張ったのに
ひろからの電話がつい、嬉しくて飛び出してしまった。
それがいけなかった。

ひろをピックアップすると、まず、イラッとした。
ひろが普段着だ。
ということは、姫と別れて再びお店に戻り、着替えてから
Cホテルに行くつもりなのだ。

何で?

時間が無駄じゃないか。
最初から着替えていれば、その分、姫と居られるし
そのまま姫がホテルに送って行ってあげることも出来る。

イラッとしながら、ひろを車に乗せた。
「どうしますか?」

「分かんない。」

「じゃあ、いつものパスタ屋に。あ、混んでるか。」
時刻は12時半。一番混んでいる時間だ。
確実に小一時間は待たされる店だった。
そこで、さらにイラッときた。

「じゃあ、いつもの中華!」

「同じだよ。混んでる。」
同様に混む店を挙げたひろに、冷たい声で返した。

無言で車を発進させながら、イライラは最高潮に達していた。
「あのさ、姫はめちゃくちゃ急いで家を出たの。
寝てたのに。急いでシャワーを浴びて家を出たの。
お昼ごはん食べようって言うから。なのに、何にも
考えてなくて・・・何で?それで、2時半にはお店に
送って、って。そんなお尻の時間を気にするのなんて真っ平御免。
嫌だ!お昼ごはんは要らない。食べたくないし。」

そう一気にまくしたてた。
せっかく張った強情とイライラが爆発した。

「どこに行くの?」
ひろが恐る恐る尋ねた。

「お部屋」


あぁあ・・・
こうならないために、強情を張ったんだよ。
何なんだよ・・・