FC2ブログ

姫日記

恋する気持ちを持ち続けていたい姫の日記です。

あれ、昨日何してたっけ?
昨日はお昼ご飯はどこで食べたっけ?
そもそも一日をどう過ごしたっけ?

そういう毎日の雑事はどんどん忘れてゆく。
毎日の雑事といっても、どうでも良いこと
ばかりではなく、心を動かされることや
揺れること、様々な思いで構成されている。

この姫日記は、ひろと何した、どこへ行った
という記録を記しているけれど、
後から読み返すと、色々なヒントがいっぱいで
「あ〜姫日記を書いてて良かった」
と、思うことがしばしば。

先週の出来事はほとんど書いていないので
ちょっと思い出してみた。
覚え書きとして記しておくために。

月曜日:
ひろの具合が芳しくなくて、ひろのお店の近くの
喫茶店Bで卵トーストを食べた。
帰り際、ほんの少しひろのお店に寄ってハグ。

火曜日:
ひろが最近気に入っているフレッシュネスバーガーでランチ。
ランチ後、お互いまだもう少し一緒に居たくて
お部屋でお昼寝をしようと、車に乗ったけれど
ひろの具合がたちまち悪くなり、Uターン。
姫は図書館に行く用事があり、二時間ほど後で再会するも
またしても体調は最悪で、そのままお店に送り届ける。
夜遅く仕事が終わって、ひろの様子を見に行く。
お店を閉め、午後11時、二人でデニーズへ。

水曜日:
午前中の仕事を終えると、ひろから電話。
旧知の方がいるベーカリーカフェでランチ。
その後、お部屋で夕方までお昼寝。
ただ眠っただけで何にもしない。

木曜日:
またまたランチはフレッシュネス。
ランチ後、まだ食べ足りないというひろに従い、
カフェでコーヒー&スイーツ。
昼からハシゴか・・・

金曜日:
姫は夕方まで仕事に集中。
午後4時、ひろと短時間のコーヒーブレイク。

土曜日:
お部屋に光が開通!
マンション管理会社から数週間前に連絡があったよう。
ひろは訳が分からないまま。
立ち会いが必要とのことで、午前10時半、
二人でお部屋で待つ。
工事の人に聞けば、光開通とのこと。
しかも、入居者は負担なし!ラッキー♪
「アイハイになったんだね!」と、ひろ。
「アイハイじゃなく、Wi-Fiね。」
これで、iPadで映画も快適に見られる!
スポンサーサイト



日曜日は朝から春の一日を過ごした。
ひろの体調もまずまずで、気分も良いようで
前夜に下調べしておいた場所に向けて車を走らせた。

向かったのはチューリップで有名な公園。
4月にはチューリップまつりとやらも開催されるらしいが、
既に咲いているという情報を得ていた。

まだ固い蕾もあったけれど、6割方咲いていて
それはそれは美しかった。
ソメイヨシノの桜並木の下で咲いている色とりどりの
チューリップにひろも、姫も感動した。

「君のお陰でこんな綺麗なものが見れた・・・
本当にありがとう」
神妙な表情でひろがつぶやく。

それからしばらく山道を走り、
ローカル線沿いにある桜の名所を目指した。
「せっかくだから電車乗る?」

車で向かおうとしていたのだけれど、急遽
拠点となる駅に駐車して、ローカル線に乗った。
1時間~2時間に1本というのんびりとした電車。
観光客も多く訪れている。
30分ほどガタゴトと電車に揺られると
窓の外には満開の桜並木が。
「わぁ~すごいよ!!ほら!!」

駅を降りて、桜並木へと歩いた。
(と、この途中でさっきの「君の限界」
事件が発生する)

桜並木の下には様々な出店。
ひろはお茶のマカロンとクッキーを買い満面の笑顔だ。
往復2キロほど歩いたけれど、桜の効果か
さほど疲れは感じない。

帰りの電車を待ちコーヒーショップへ。
「記念に写真撮ってもいいですか?」とお店の方。

「ええ、いいですよ。」

「撮らないで欲しいというお客さんもいらっしゃるので・・・」
とお店の方。

そうか・・・確かに。
どこで誰が見つけるか分からないものだから。
一瞬、ハッと思ったけれど澄ました顔で写真に納まった。
日曜日もおかしなことがあった。
「完成した絵」の時とは違って、
二人で歩いている時のことだから、
寝ぼけていたわけではないだろう。

それとも、ちょっとイライラしていたのか、
疲れていて頭がボーっとしていたのか、
よく分からない。

日曜日のおかしなことには、正直、姫もムッとした。

日曜日はお花見に行った。
ローカル線の駅を降り、桜のトンネルに向かって
テクテク歩いていた時のこと。

「寒いね~」と、ひろ。

「日が傾くと寒いね。大丈夫?」

「熱燗をキュッとやりたいなぁ。」

「ふ~ん・・・飲めば。飲みたければ。」

あからさまに冷たい態度で姫は答えた。
ひろはずっと体調は良くないし、元々お酒は強くない。
にもかかわらず、今まで散々、お酒を飲み、
管を巻き、紳士とはとても言えない素行を繰り返してきた。
美味しいお酒の飲み方を知らないんじゃないかと、
姫は心の底から思っている。
だから、冗談とは取れない「熱燗でキュッと」発言は
腹が立った。

「まぁ、いいんじゃない。飲んでみれば。
それで具合が悪くなっても自己責任だし・・・」
姫がそう続けていると、

ひろは姫の言葉を遮るように、体の向きを変え
オーバーアクションでこう言った。
「君の限界はそこにあるんだよ!!」

「何?」

「君の限界。」

「訳分かんない。」

「そうやって、投げやりになるんじゃなくて、
僕がたとえお酒を飲んでどうにかなっても、
私が介抱してあげるわ・・・って言うんじゃないのか?」

「はぁ?あり得ないし。」

「それが君の限界なんだ!」

「あ~そうですか・・・」

「僕を無限に受け止めてくれるんじゃないのか?!」

「因果応報、自己責任。もう残り少ない人生なんだから
好きなことやって、好きなもの食べて、飲んで、
好きなこと言って、それで病気になって死んでいけばいいの。
それがのぶちゃんの人生ね。」

「投げやりだな~」

「勝手にすればいいのよ。」

「そんなこと言って。君だけは僕を見ててくれるんじゃ
ないのかい?」

「勝手なことしなければね。」


姫がカチンと来ているのが分かったからなのか、
ひろの勢いは急速にトーンダウンして
「君の限界はそこだよ!!」と叫んだのが
嘘のように、ニコニコと笑っていた。


こういうところも、ひろは以前とは変わった。
俺様スイッチはもう入らなくなったし、
随分と穏やかに、素直になった。
少なくとも、姫に対しては。
先日、面白いことがあった。

ひろのお店の2階のささやかな居住スペースで
二人で過ごしていた時のこと。
万年床に寝転び、姫はひろの胸を枕にしていた。

ひろの具合はやっぱり良くなくて
「何で○○なんだろ・・・どうしてだろう・・・」
と、ぶつぶつ文句を言っていた。

だから姫は言った。
「そういう疑問に思ったことはさ、メモに書いておけば?
診察してもらう時に持ってって、先生に聞けばいいじゃん。
そしたら、色々不安も疑問も解決するよ。」


すると、ひろはこう答えた。
「僕はメモを取らないから・・・」

「そこを頑張ってメモするじゃん!」

ひろは続けた。
「それは・・・完成した絵に点を書き加えたりしたら
ダメなんだよ。」

「え?!何?!どういう意味?」

「完成しているんだから!たとえ点一つでも加えたら
ダメなんだ。」

「え~?何?!寝ぼけてるの?」

「寝ぼけてないよ。完成した絵に何も加えちゃいけないんだ。
既に完成しているんだから。分かったか!」

「えーーーー訳分かんない。どういうこと?」

「分かったかっ!!」

「分かった、分かった・・・」
姫がひとまずそう言ってあきらめると、
ひろはスーッと寝息を立てて眠っていた。


起きながら寝言を言っていたのか。
土曜日の朝、ひろから電話。
「今、起きた。出てこれる?」

ベッドから起き上がって、着替えを済ませ
ひろの元に向かう。
到着直前、電話をしてみたけれどつながらない。
ひろのお店の前まで来て、もう一度電話。

「もしもし・・・・」
消え入るような声でひろが電話に出た。

「僕、今日はダメだ・・・起き上がれない。
このまま寝てる。」

えっ!?そう思って絶句した瞬間、ひろは続けた。
「君は車をとめて、2階に上がってきて。」

ほっ・・・このままトンボ返りかと思った。

2階に上がると、そこは真っ暗。
ひろは布団の中で目を閉じていた。
姫は上着を脱いで、ひろの横に滑り込む。
ひろは余程辛いのか、姫にしがみつくように眠った。
2階に上がったのがちょうど午前11時。
姫が来て安心したのか、ひろはぐっすり眠り
途中何度か目を覚ましたものの、起き上がったのは
午後2時のことだった。

昨夜は不調で一睡も出来なかったというから仕方がない。

「コーヒーでも飲みに行こうか。」
そう言って立ち上がった途端、ひろの携帯が鳴った。

「・・・うん、そうそう。全然眠れなかった。
・・・今、姫さんが来てくれてコーヒーのみに行くとこ。
うん、うん、じゃあ、一緒にコーヒー飲もう。」

電話の主はお兄様。
ひろを心配して様子を見に来たようだ。
近くまで来ているとのことで、近所の喫茶店Bで
落ち合った。


ひろも絶不調ではあったが、実は姫も肩凝りがひどく
そのせいで頭痛と吐き気がしていた。
そのことをひろがお兄様に告げると

「肩揉んでやるから、こっちにおいで。」
お兄様に呼ばれて、姫はその隣に並んだ。
ひどく凝っている肩は上手なマッサージで
ほぐれていく。

「おっぱいは触らないから・・・ここ、
ここが凝るんだよね・・・」
そう言いながら、鎖骨の下あたりを
ぐりぐりとほぐす。

「おっぱいも凝るんだけどね・・・」
と、お兄様。

だから姫も負けずと
「へぇ~そうなんですか。おっぱいも凝るんですね。」
と返した。

「そうなんだよ。凝るんだよ、おっぱい。」


「・・・ったく、年取るとみんなそうなる・・・」
少し元気になったひろが笑った。
と言っても、Hな診察ではない。
今日はひろの外来診察の日だった。

「ついて行ってもいい?一人で行きたい?」
前もってひろに尋ねたところ
「いいよ」と言ってくれたので、仕事を調節しておいた。

病院の駐車場は休み明けのせいかかなりの混雑で
入り口でひろを下ろし、姫はひとり駐車場が空くのを待った。
「今どのくらい進んだ?」
しばらくしてひろから電話が入ったけれど
あいにく、入庫まではまだまだかかりそうで
「まだだから、ひろはコーヒーでも飲んでおいでよ。」
そう言って、電話を切った。
車のテレビでは、ちょうど姫の大好きな山崎まさよしの
特集のようなものを放送していたので、
全く退屈なんかではなかった。

ひろからメール。
「一人でコーヒー飲んでる。一人にしてごめん。」
珍しく気遣いのメールで驚いた。

20分以上かかって、やっと入庫し
ひろとともに診察室の待合で待つ。
渡されたベルはなかなか鳴らず、
けれども、二人一緒にいる時間は、やはり退屈ではないので
全く苦痛なんかではなかった。

予約時間を45分ほどオーバーして診察室に入る。
「どうですか?」先生が尋ねた。
ひろが辛さに耐えかねて急遽診察をしてもらってから
ちょうど一週間経っている。

「良くないです・・・」
そうして、ひろは自分の症状について話すのだけれど
どうも大袈裟に脚色されているし、正確ではない。
姫は、黙っていることができず口を挟んだ。

「ちょっと余りに憐れみを誘うような言い方してるけど、
食べていないって言っても、何かしら食べているんです。
以前みたいにガッツり食べていないだけで、チョコレートやら
何やらちゃんと食べてますから。
それに・・・眠れていないって言うのも、先週は何日か
ありましたけれど、この一週間は眠れています。」

先生は姫の顔を見て、笑った。
「そう。それならいいね。良かった・・・」

ベッドに仰向けになったひろのお腹を触診しながら
先生は言った。
「良くなるように、お祈りしておこう!」

姫の余計なお節介の甲斐もあってか、恐らくひろの
再入院は免れた。
投薬で様子を見ることになったし、次の外来の予約もした。

診察室を出て、ひろがうなだれて呟いた。
「ありがとう。すみませんね・・・
僕はいつも言葉が足りないから・・・」

「いやいや、言葉が足りないっていうよりさ、
脚色し過ぎだよ!ちゃんと事実を言わなきゃ、
先生も判断できないでしょ。先生の憐れみを誘っちゃダメ!」

その後も、ヤレ何がない、どこに行った・・・と
会計するまでテンヤワンヤで、姫の出る幕だらけ。

帰りの車でひろが言った。
「何から何まで・・・ありがとう。
君の貴重な時間をつぶしてしまって申し訳ない。」

「何をおっしゃって!姫が勝手についてきてるんだよ。
ひろに頼まれたわけでなく、姫が好きでやってるの。
それに、黙っていればいいものを口出ししてゴメン・・・」

「ありがとう。」

「ありがとうだなんて・・・」

「僕と一緒にいたいから?」

「もちろんだよ!」

「ガハハハハ・・・」
水戸黄門に出てくる悪代官のようにひろは笑った。
花桃の後のセックスでひろは射精しなかった。
元々、毎回のセックスで射精することにこだわらないひろ。

「出さなくてもいいの?出してあげようか?」
「いい。また、今度お部屋でしよう。ちゃんとシャワー浴びて。」

様子を見ながらのセックスだったけれど、それはそれで
ひろも姫も満足だった。


そして、今日。
午前中は姫の用事があり、「終わったら電話するね」と
告げていたにもかかわらず、姫の電話を待たず、先に
ひろから不在着信があった。午前10時半過ぎのこと。

「僕、ご飯はいらないけど、コーヒーとトースト食べたい。」
ひろの元へ向かい、コーヒーショップでモーニングを食べた。

「行こうか・・・今度は君がコーヒー入れてくれる?」
つまり、お部屋に行くということだ。

お部屋に着くと、ひろはiPadを出し、最近お気に入りだという
映画を観るよう姫に勧めた。
姫が映画を観ていると、いつの間にかひろは眠り、
しばらくして姫も眠った。
(何だ・・・色気も何もあったもんじゃない・・・・・)
と、思いながら。

1時間ほどして姫は目が覚めたので、ひろをその気にさせるべく
あの手この手を使った。
その甲斐あってか、ひろは姫を後ろから抱きかかえるようにして
背中や首筋にキスをしてきた。
こうなれば、あとは流れに任せるのみ!

「何で僕、ベッドに入る時、服脱がなかったんだろ・・・」
そう、ひろは珍しく服を着たままだった。
だから、余計に、今日はその気がないものだと思っていたのだ。

ゴソゴソと衣擦れの音がして、再び首筋にキスをしたひろは
「僕、身軽になったよ」と言った。
姫の背中にくっつくひろを見ると、既に全裸だった。
ひろは姫を仰向けにし、脚を開かせると正常位で挿入してきた。

その瞬間、ゾクゾクっとした。
奥まで届くような久しぶりの感覚だった。
ひろが硬いのが分かった。

腰を突き上げるようにして、ひろの硬さを確認した。
ひろは姫の腕を引き上げ、今度は姫が上に乗った。
「好きなように動いて・・・そう・・・気持ちいいよ。
そのまま、イッて。」

再び、ひろが姫を組み敷くまで、姫は何度もイッた。
「もう出していい?」
最後は、ひろは姫の手の中で果てた。

こんなふうにセックスしたのも、ひろが射精をしたのも
久しぶりのことだったので、ひろは事の他喜んでいる。
「僕の自律神経が・・・ヨシヨシ・・・君は気持ち良かった?」
「すごく気持ち良かったよ。」
「僕、硬かったよね!前より硬くなってたよね!」
「そうだね・・・気持ちよかったもん。」

ひろは嬉しそうにニコニコしている。
「嬉しそうだね~」
「うん、嬉しい。」
「硬くて、ちゃんと出たから?実験成功だから?」
「・・・君とセックスできたから!!」

「良かったね。これなら急にそういうことになっても
恥ずかしくないね。いつ何時でも大丈夫だね。」

「君は、そんなに僕を売り出したいの?」

「売れるもんなら売ってみなさい。」

「高いぜ~」

「あの程度じゃあ、まだ高くは売れないね・・・」


二人で軽口をたたきながらシャワーを浴びた。

ひろと久しぶりにセックスをした。
日曜日のことだ。
そう、花桃を見に行った後のこと。

2月中旬にひろが入院する前日の夜
セックスをしたのが最後だった。

予想以上に入院が長引き、その後の体調も
優れないせいで、それどころではなかったから。
花桃の日はひろの気分も体調も良かった。

夕方、いつものお部屋ではなく
ひろのお店の2階の事務スペースに行った。
体調が悪くなった時に、すぐ対処できるようにするため。

半日のドライブで二人とも疲れていて、
布団に入るとすぐに眠ってしまった。
1時間半ほど眠り、目が覚めた時には
まだ、ひろは深く眠っていた。

しばらくして、目を覚ましたひろに
姫はすり寄った。
ひろはそんな姫の胸元や首筋にキスをし
姫は力いっぱいひろに抱きついた。

「お部屋に行ってシャワー浴びるかい?」
ひろが聞く。
「何で?」
「セックスしない?」
「だって・・・ひろの具合が良くないから。」
「大丈夫だよ、ほら・・・」

そう言って、ひろは硬くなったものを姫に見せた。
「今日は我慢するかい?」
姫が黙っていると、ひろは「脱いで」と一言つぶやいた。

久しぶりのセックスだった。

「したかった?」
「したかった。ひろは?」
「僕もしたかったよ。君は我慢してたの?」
「うん、我慢してた。」
「いい子だ。」

かつての激しいセックスと比べると、ほんの前戯のような
セックスだったけれど、
ひろがそういう気持ちになったということが嬉しかった。
はなもも

ひろが撮影した花桃。
あんまり上手じゃないけど・・・

姫はどこに出掛けても写真を撮らないので、
いつもひろが撮ったものを後からもらったりする。
携帯の待ち受け画面にしようかな。


T市に入って、しばらく川沿いを走り
フレンチレストランで昼食。
以前に一度だけひろと来たことがあるお店だ。

お腹いっぱいになって、花桃の咲いている場所に行き、
そこから見えるつり橋を、ひろは渡りたがった。

花桃は8分咲きほどで、それはそれは艶やかで
ひろと「綺麗だね~」を連発した。
体調のすぐれなかったひろの良い気分転換にもなったよう。

「楽しかったね」と、
帰りの車で行ってくれたことが、姫は何より嬉しい。
日曜日、ひろとデートした。
毎日会ってはいるから、普段と違うことをしたという方が
正しいかもしれない。

お昼前、ひろをお迎えに行く。
姫の車に乗り込むなり
「さぁ、どこかに出掛けましょう!」と言う。
前日まで体調が優れなかったので、てっきり
今日もお部屋でのんびり過ごすものだと思っていた。

「大丈夫なの?体はいいの?」

「大丈夫。どこかに出掛けたいんだ。海に行く?!」

「海?じゃあ・・・」
車を走らせると、近場の海岸ではなく
高速道路を走るようにと、言う。

「え!?高速に乗るの?どこに?」

「分かんない。」

「分かんないって・・・それじゃあ、走れないよ。」

「う~ん・・・じゃあ、○○!」
海とは全然違う山へ向かう県名を告げるひろ。

「○○!?今からじゃ無理だよ。遠いよ、かなり。」
ひろは、本当にいい加減だ。
普段から車に乗らないし、かつて車に乗っていた時も
市街地を運転する程度で、ドライブをするという
概念は全く持ち合わせていなかったそう。

「う~ん・・・今、何の花咲いてる?梅は終わったよね。」

「そうね、梅は終わったね。T市に花桃が咲いてるよ。満開。」

「Tは行かない・・・」

「もうっ~じゃあ・・・O?ここも花桃だけど
ちょっと変わった桃で源平しだれ桃って言うのがある。」

「じゃあ、O!!」

すでに車を随分走らせていたので、行き先を変更して進んだ。
「ねぇ、iPadで調べて!」
ひろに指示するけれど、できないと却下。

花の咲き具合を調べるため
仕方なく信号待ちで少しずつ検索する。
「どこかに止まってやったほうが・・・」
と、ひろ。

「分かってるけど、止められるとこないじゃん!」

「ここじゃダメ?」

「こんなカーブの曲がり口に?危険だよ。」

そんなやり取りで、姫は段々イライラしてきた。
運転しているのは姫。行き先を決めているのも姫。
ひろは何にも考えず、好き放題にアレコレ言ってるだけ。
ため息と、イライラを飲み込んで、路肩に車を止めた。

結局、源平しだれ桃はまだ開花しておらず、
最初に姫が提案したT市の花桃を見に行くことになった。
「すごく綺麗なんだよ。仕事でちょっと調べたから確実。」

「それなら言ってくれればいいのに」と、ひろ。

「え!?だから~最初に言ったでしょ!!」

ここで、怒っちゃいけない、怒っちゃいけない・・・
自分に言い聞かせながら、ひろの頭を撫でて言った。

「あのね、ひろ・・・姫はひろの体調が良くないと
思ってたから、今日はどこにも出掛けないと思ってたの。
出掛けるのはとっても嬉しいけど、でも、ちゃんと予定を立てたいの。
行き当たりばったりで疲れちゃうでしょ・・・
せめて、前の晩に”明日、僕の体調が良ければ、どこかに出掛けたい。
だから、行き場所をどこか探しておいて”って、一言言ってくれれば
姫は喜んで調べておくのに。ね、分かった?
少なくとも、どこかに出掛けたいと思った瞬間に連絡してよ。ね?」

「はい!分かりました!」
姫がイライラを噛み殺しているのが分かったのか、
ひろは明るく、元気よく返事をした。


以前は、こんなことでよく雲行きが怪しくなった・・・
もう姫は学習した。
ひろはとにかくワガママで、いい加減。
そのことに目くじらを立てると、姫が疲れて
嫌な気持ちになる。

だから、怒っちゃいけない、怒っちゃいけない。
ひろは二人の子供の父親でもある。
この春、娘さんが大学を卒業する・・・はずだ。

去年の夏、ひろは自分の人脈を活かして
就職活動に協力していた。
協力といっても、恐らく勝手にしていたのだろうが。
けれど、娘さんは自力での就職を望んだようだ。

ひろが言った。
「娘が・・・就職決まってないと思うんだ。」

「え、そうなの。卒業式はもう終わったよね。」

「分かんない・・・」
ひろの表情が曇った。

「まぁ、自立できる年齢なんだから。
親は親として存在するだけでいいんだよ。
何かしてあげることが親じゃないと思うよ。」

「兄貴がさ・・・
”無事卒業しました。ありがとうございました。”って
挨拶に来たか?!って聞くんだよ。来てないって言ったらさ、
”お前の娘だもんな・・・”って。」

ひろの息子さんはお店をたまに手伝うことがあるので
何度か見たことも話したこともある。
娘さんは偶然にすれ違ったり、チラっと見たことがある程度。

去年、ひろが倒れた時には、子供たちは来たようだけれど
先日の入院、手術の際は一度も来なかった。
ただの一度も。二人とも。
それだけ、親子の関係が希薄ということ。


「そんな、挨拶になんかこないよ・・・
その年齢なら、そんなこと当たり前だと思ってるよ。
それに・・・そういう娘さんに育てたのはひろの責任。」
ちょっとだけチクリと言った。
だから、すぐにフォローした。

「もう子供の年齢じゃないし。大人だよ。
自分で何でも決めて、生きていける年齢だよ。
助けてって来た時には、その時できることを
やってやればいいんじゃないの?
アレコレ世話を焼くことが愛情じゃないから。」

「そうだよね・・・ありがとう。」
ひろは寂しそうに微笑んだ。


ひろは子供たちが高校に入るのが決まった年に
離婚している。
養育費、学費という多額の経済的負担がある。
以前、聞いた時に確か相当な額だと感じた。
お金がなくなれば、ひろに連絡をしてくる子供たち。
ひろは要求を拒むことはない。

何だかそれが愛情の丈だと思っているよう。

ひろだって、きっと色々と思うに違いない。
そして『いい父親』になりたかったはず。
子供たちが幼い頃はどうだったか分からないけれど
ひろは家庭を顧みなかったはず。

ひろから『父親らしさ』は感じられない。
ひろと子供たちの関係に愛を感じない。

もちろん、切っても切れない縁があるのだけれど
もちろん、姫がとやかく言えることではないけれど
ひろの寂しさは、やっぱりひろ自身が
作り出してきたものだとつくづく思う。

姫は母親だから、父親としてのひろの苦悩は
分からない。
でも、もし、姫の子供の父親がひろだったら・・・
ちょっと複雑だな。
ひろの具合が良くない。
一昨日から眠れない日が続いているから
とても心配だ。

食欲もなくて、ほとんど食べていない。
具合が良くないから、ひどくイライラしている。

今日も正午前にひろから電話があり
「ご飯は食べない」というので
ホテルのティールームでコーヒーを飲んだ。

40分ほど経って、居ても立ってもいられないようで
「お店に帰る。帰って寝る。」
と席を立った。

「姫もついて行っていい?」
そう聞くと、ぶっきらぼうに頷いた。

ひろのお店の2階に上がり、
敷きっぱなしの布団に座ったが、
ひろは辛いのか、落ち着かない。
イライラと部屋を動き回り、姫を構う余裕すらない。
30分ほどして、ひろの苦痛も限界に達したようだ。
「辛い・・・」
苦悶に満ちた表情で布団に横たわった。

ひろのお店の会計士からの電話を機に
姫は上着を着て立ち上がった。

「ねぇ、病院に行っておいで。普通じゃないから。
今すぐ、電話をして事情を話せばいいから!
今日は木曜日だから先生いるから。何より、優先して!」

「・・・行ったほうがいいかな。電話すりゃいいかな・・・」

「そう。電話して、すぐに行っておいで。
送っていけないけど。ゴメンね。タクシーで行って。」

ひろの次の外来の日は来週の木曜日。
こんな状態だとそれまで、とてももたない。
幸い、ひろの主治医は木曜日は外来診察の日。

ひろに言い含めるようにして、姫は一人階段を下りた。


1時間ほどして、ひろから電話が入った。
「僕、S病院に来た。偉いでしょ。先生に診てもらって
お薬ももらった。」


仕事帰り、ひろの様子を見に行った。
主治医に診てもらって安心したのか、表情は随分と和らいでいる。

「良かったね。診てもらえて!」

「君が病院に行くように勧めてくれたから。ありがとう。」

「あのねぇ・・・姫は昨日も言ったでしょう。
”病院行こうか”って。子供じゃないんだから。
自分のことは自分で良く考えて行動しないと。
姫は何にもしてあげられないし、ひろのことは
ひろが一番分かっているわけで、何か言っても
大きなお世話かと思って・・・
姫はそんなふうに色々遠慮していたりするんだよ。」

「僕はね・・・」
ひろが神妙な顔で姫に向き直った。

「僕は・・・君の言うことは正しいと思ってるの。
だから君の言うことだけはちゃんと聞くから。
だから、僕にちゃんと言って。」


ちゃんと言うけどさ・・・
でもさ・・・
子供じゃないんだから。
いちいちお小言みたいに言うのって嫌だよ。
ご機嫌悪いと、「君はすぐに僕を叱る」って
言われるし。




で、ひとまず薬を飲んで様子を見て、
改善しなければ『再入院』ということになった。
今のひろにとって、再入院はダメージ大きいよなぁ・・・
昨日からひろの具合が良くない。
病気は心配ないものの、その後遺症が辛そうだ。

今日、午前10時過ぎひろから電話。
「君はどこ?僕はあんまり良くないんだ。
昨日は眠れなかった。辛いけど、買い物があるから
意を決して外に出てきた。」

声には元気がなく、これからデパ地下で買い物をするという。

姫の仕事は午前中で大方片付いたので、切り上げて
ひろを迎えに行くことにした。

顔色も悪く、沈んだ表情のひろ。

「僕、何も食べたくない。コーヒーだけでいい。
君は何か食べて。ファミレスにするか。」

「ううん、私も要らない。寝かしてあげるよ。
コーヒーは私がお部屋で入れてあげるから。
ひろが嫌でなければ・・・」

「嬉しい。それが一番嬉しい。」

そして、二人でお部屋に行き、コーヒーを準備した。
ひろは下着だけになり、ベッドに潜り込む。
かなり辛そうだ。

「眠って。」
ひろを胸に抱えると、しばらくして寝息を立て始めた。
寝息はその内いびきに変わり、深い眠りに入ったよう。

2時間ほど、ぐっすり眠っただろうか。
「よく眠れた・・・ありがとう。ごめんね。」
ひろは済まなさそうに言った。

ひろの唇にそっと唇を寄せて
湿り気のないキスをした。
足元に潜って、ひろのふくらはぎや大腿を
マッサージすると声を上げる。
「めちゃくちゃ気持ちいい・・・
オチンチン大きくなっちゃった・・・」


ひろがそういう気分にならないのは仕方がない。
姫の首筋と胸元にキスをした。
「早く良くなるからね。ごめんね。」

いっそう、ひろは済まなさそうに言った。


「僕、早く良くなって旅行したい。」

「誰と?」姫はひろを覗き込むように聞いた。

「君と。」

”何しに?”と、聞こうかと思ったけれど
聞かなかった。

聞くと、きっとこう答えただろう。

『セックスしに!』
そういえば・・・

ひろが入院する前の準備の世話を焼くため
数日をひろと過ごした時のこと。

入院前々日に、ひろのお店の2階事務スペース兼
寝床に行った。
少し片付け物をし、入院に必要な物をバッグに詰め
万年床を上げた。

「コレ洗濯しちゃいなよ。干してあげるから。」

そう言って、姫はひろのパジャマやタオルを指した。
ひろはつまみあげると洗濯機に投入。
そして洗剤をザバザバとふりかけた。

今どき珍しい粉の洗剤で、その量がハンパじゃない
ことが気がかりだった。
姫はタオルや下着類を整理しながらバッグに詰めて
いたのだけれど、ほんの20分ほどで電子音が響いた。

「え?まさかもう洗濯終わったとか?」

「うん。スピーディでやったから♪」
ひろは得意気だ。

姫は洗濯物を干すために洗濯機を開けて
内容物を確認すると、案の定、クチャクチャの
洗濯物に溶け残った洗剤がベッタリと付着していた。

「もうっ~あり得ない!!洗剤残ってるし!
洗剤の量が多過ぎなんだよ~!!ちゃんと量を考えて!!」

小言を言いながら、もう一度すすぐべく洗濯機を回した。
そして、洗濯機横に置いてある例の粉洗剤をチラっと見た。

『卵やご飯のこびりつきも、しっかり落とす』

???

『食器洗い乾燥機専用洗剤』

!!!

「ひろ~!!これ、そもそも違ってるし。
食洗機用だよ。洗濯用じゃないから。」

「アハハ・・・」

「卵やご飯のこびりつきって・・・・」

「いやぁ、強力な洗剤なんだと思って・・・」

「食べこぼしする幼児じゃないんだからさぁ。」

「だって、その洗剤、ずっとそこに置いてあったよ。
僕が買ったのでも、置いたのでもないし。K子さんだよ。
きっと、K子さんも間違ってる。」
厨房を任せている妹さんの名を挙げた。

「だからって、ちゃんと見なきゃ。」




退院後、洗濯用洗剤と詰め替えパックを買って
渡したのは、言うまでもない。

ひろは言った。
「もっと大きいのが欲しいなぁ。すぐなくなるから。」

「あのねぇ、今どきの洗剤はコンパクトなの。
昔と違うんだよ。今は進化してるんだから!!
ひろの洗濯の量だと、このキャップの半分でいいから。
ちゃんと分量見てね。」


男のヤモメ暮らしは、みんなこうなのか・・・
ひろが入院中、姫一人で何度かお部屋に来た。
洗濯物を持ってきたり、ただトイレに寄ったり、
掃除をしたり、ちょっとお昼寝したり・・・

ひろとこのお部屋に来るのは、入院の前日以来。
つまり3週間ぶりだ。

ひろは部屋に入るなり「お~っ」と声を上げた。

ベッドの上に、洗濯物をたたんで置いてあったからだ。
「完璧じゃないか!」


そうこうしている内に、ひろの体調が芳しくなく・・・
ひろはぐったりと眠った。
途中、何度か起こしたけれど、
姫はひろを後ろから抱えるようにして一緒に眠った。
よほど、疲れているのだろう・・・
そう思って、そうっとしておいた。

今夜はお店の予約があって忙しいらしい。
そろそろ起こさなきゃ、という時にひろの電話が鳴った。
相手はひろの同級生で医師であり、
果樹園を持っているGさん。姫も面識がある。

果樹園でとれたデコポンをいただきにGさん宅へ向かった。
大きなお屋敷の大きなガレージでGさんは姫に手を振ってくれた。
「デコポンありがとうございます!」
「味は濃いけど、酸っぱいよ~」

そう言って笑うGさんは
「退院祝いだ!これ。」
と、ひろにひときわ大きな柑橘を差し出した。

「文旦ですか?」
「違う。何だっけなぁ~」

袋にいっぱい柑橘を詰めて、Gさん宅を出て
ひろをお店に送り届けた。

「今日もありがとう。せっかくのデートなのに
僕、全然ダメでごめん。」

「一緒に居れるから・・・全然ダメじゃない。」

こうして、ひろと一緒の時間を過ごせること、
何気ない時間を持てること、
そういうことがやっぱり、とても嬉しい。


・・・もちろん、ひろに抱かれたい
セックスしたい、という気持ちは強いけれど、
夢にまで見るほどだけど、
でも、きっと・・・
ひろもそう思っているに違いないから。

今は、こうしてゆっくりリハビリしようと思う。
今朝もグダグダといつまでも寝ていた。
ひろからの連絡はない。
今日も何の約束もしていないから。

仕方なく起き上がり、シャワーを浴びて
部屋に戻ったのは11時半。
少しして、ひろから電話。

「お腹空いた。君は何してるの?今日は何するの?」

「ひろからの電話を待っていたの!」

「ほぉ~!じゃあ、昼飯食おう。待ってる。」

急いで支度をして家を出た。
正午過ぎ、ひろをピックアップして
今日は中華レストランに向かう。

この中華レストランはお部屋に程近い。
ここに来るということは、お部屋に行くという
意思があることを意味する。

ひろの体調はまだ本調子ではなく、お部屋で
まったりという状況ではない。
それに、ひろ自身がそんな気分にならないのだろう。
だから、ひろが「あそこの中華に」と言ったことは
とても嬉しかった。

「で、後はあそこでデザートだな・・・」
ひろが指を差して笑う。
指を差したのはケーキショップ。
ひろはそこのモンブランがお気に入りだ。
イートインスペースはないので、当然テイクアウトする。
いつもは、ここでケーキを買って
「姫がお部屋でコーヒーを入れてあげる」
というのが定番だった。

だから、ひろが中華レストランを指定して、
ケーキショップを指差したのは
姫にとって、「お部屋に行こうね」を意味するわけで
だから、すごく嬉しかった。

ひろとお部屋で二人きりになりたかったから。
体を重ねることができないとしても、
でも、ただ抱き合っているだけでもいいから
ひろとお部屋に行きたいと、ずっと思っていたから。


パスタを食べていると、ひろが言った。
「今日はどこにも出掛けたくないか・・・」

花粉飛散が半端なく、姫の症状はかなりひどい。

「何で?」

「ボディシャンプーも買いたいし、○も
○も、・・・・・欲しい」

細々した買い物がしたいという。

面倒だなぁ・・・・・
そう思って、何も答えずにいた。

食事を終えて、車を無言で走らせた。
しょうがない、アッシーになってやるか。

郊外の巨大なホームセンターに行き、
ひろが欲しいという物をどんどんカートに
放り込んだ。

「これでいい?」
「いい」
「ほんと?」
「あ、サイドテーブルみたいなのが欲しい。」
「みたいな??」

そして、組み立て家具のコーナーに移動。

「う~ん・・・」
「いいのがない?ダメ?」
「そういうわけじゃないけど。」
「じゃあ、何?」
「自分で組み立てなきゃいけないじゃないか。」
「もうっ~ホームセンターなんだからさ!
自分で組み立てるに決まってるし。家具屋じゃないの。
しょうがないなぁ~。姫がやってあげるよ。」

というわけで、大きな荷物を抱えて
ひろのお店に戻り、2階の事務スペース兼
ひろの居住空間で、姫は家具を組み立てた。

「君は何でも出来るんだね~」
そう言いながら、ひろはとても満足気だった。

コーヒーを飲んで、再び車を出し、スーパーへと行く。
「君もさ、晩の材料買っちゃいな!」
「いいよ。後でゆっくり買い物するから。」
「買いな、買いな!」
「・・・じゃあ、ほんとに買っちゃうよ!」
「そうして。僕、君にお礼したいから。」


晩ご飯に子どもからリクエストのあった
手巻き寿司の材料をカゴに投入。
そういうわけで、昨日の晩ご飯の材料は
ひろに買ってもらった。


仕事、家事、病院と目まぐるしかった
毎日が終わり、久しぶりに自宅にいる時間が
長くなった。

金曜日の夜は疲れ果てて
「夜、電話してきて」と、ひろから
言われていたにもかかわらず、姫は眠くて寝てしまった。

ドッと疲れが出てしまったのか、とにかく
眠っていたかった。

土曜日のことは、ひろと何も約束はしていない。
ひろも色々とやることがあるはず。
そう思いながら、午前10時過ぎメールをしてみた。
”おはよう。起きたら電話してくれると
嬉しいです。”

すぐに電話が鳴った。

「おはよう。僕、もう起きて片づけしてる。
薬も飲まなくちゃいけないから、昼飯食うか。」

お昼前、ひろの元に向かい、
久しぶりに郊外のパスタ屋さんに行った。
金曜日の午前、ひろが無事に退院した。

お兄様が迎えに来てくれたらしく、
姫は仕事が終わった夕方、ようやく外に出てきた
ひろと会った。

そして、もちろん、ひろはその日から
お店に出ている。

夕方、電話をすると
「車をとめて、お店に来て」ということで、
営業前のお店に行くと、厨房から妹さんが
出てこられて
「色々とお世話になったようで・・・
ありがとうございました。」
と、深々とお辞儀をされた。

またこれから普通の日常が始まる。

ひろとべったりの病院生活が終わった。
むなしい気持ちを抱えて、どうすることもできない。

私がダメなんだ。
考えが足りないせいで、こうなる。

疲れがたまっている。
何もかもがたまっていて、吐き出せずにいる。

当然、ひろは姫のことどころではなく、
姫と一緒にいても心ここにあらずの状態だ。
それは仕方のないことと、分かっているつもりでも
どこか不服で、面白くないと思う自分がいる。


これだけ毎日毎日、来る日も来る日も
ひろのために時間を割いているのに・・・
色々なことを後回しにして、ひろのことを
最優先にしているのに・・・

きっと、そういうヨコシマな考えが
姫の心を支配しているからなのだと思う。


昨日の夜もそうだった。
後回しにした仕事を夜遅くまで片付けた。
今朝も早くから仕事に集中し、午後も取引先との
打ち合わせに数時間を費やした。

ひろは今日も外出許可をもらって、
お店の事務作業をすると言っていた。

取引先を出た夕方には気疲れしてクタクタだ。
だから、ひろに会ってホッとしたかった。
なのに、ひろはツレなくてテンションの低いまま。
体調が悪いせいではないようだ。
だって、他の人に対する態度は至って良好だったから。

空回りしたまま、話が噛みあわないまま、
ひろと別れた。
別れ際に、ふいの来客があったせいで
一言も発することなく、目も合わせなかった。

姫の心の不愉快さがあからさまに出ていたのだと思う。


再び仕事に戻った30分ほど後、
ひろから電話があった。
「晩飯食えるか?1時間ぐらいもらってもいい?
帰りはタクシーで帰るから。」

ひろなりの気遣いだ。


努めて明るく振舞ったし、
ひろに気遣いをさせまいと、努力したけれど

結局、カラカラと空回りには変わりがなかった。


どこまで行っても、ひろの考えていることは
分からないし、
姫が考えていることは、ひろには分からない。

どんなにひろを思っても、
こんなふうに空回りして、
虚しくなるばかりだ。



病院にひろを送り届けて、儀礼的に聞いてみた。
「寂しい?」
「寂しいよ。」
「姫も、寂しい。」

ひろの寂しさと、姫の寂しさ
同じものなのか、違うものなのか
それは全然分からない。


疲れたな・・・
そう思いながら、オフィスへと再び車を走らせた。

疲れたよ。

Y氏とのことを回想していて、ふと気付いた。
「3月か・・・」

そう、3月はひろと初めて会った月。
かれこれ10年ほど前に初めて会ったのも3月。
数年後、再会したのが3月9日、
初めて電話をもらったのは3月10日。
初めてデートをし、初めて抱かれたのは3月11日だった。

あのぎこちないセックス・・・
今でも覚えてる。

そんな日から、今年で丸6年が経つ。

色々なことがあった6年。
かけがえのない宝物のような時間がつまった6年だ。


ひろを病院に送り届けて、仕事に戻った。
少し片付けておきたい案件があったから。
しんと静まり返ったオフィスでPCに向かっていると
携帯にメール着信があった。

ひろかと思って確認すると、意外な人からだった。
Y氏だ。

Y氏はちょうど去年の3月頃、ひろのお店で知り合った。
たまたま一人カウンター席に座っていると、
Y氏も一人で飲んでいた。
「僕の兄貴の同級生。Yさん。」
そう、ひろから紹介された。

ひろは忙しく、姫の相手どころではなかったので
自然にY氏と話をする流れになった。
Y氏は紳士的な男性で、随分若く見えた。

夜も深くなる頃、Y氏が言った。
「もう一軒、どうですか?」
さりげない誘いに、断りきれず従った。

後でひろがこのことを
「僕の目の前でさらわれた」と、言った。

Y氏は下心があるでもなく、ただ会話を楽しむ
そんな感じで、姫としては何の抵抗もなかったし、
その後も何通かメールをし、日を改めて食事もした。

・・・けれど、ひろは相当嫉妬した。
で、色々な面倒があり、Y氏とも
疎遠になってしまったのだ。

そんなY氏から1年ぶりのメール。
”久しぶりだけど、元気?”

久しぶりに飲みに行こう、連絡してください
という主旨のメールだった。



・・・う~ん面倒だ。
いや、Y氏と飲みに行くのが面倒なのではない。
むしろ嬉しいし、有難い。

Y氏に恋愛感情はない。
Y氏も同様だろう。
敢えて言うなら”社交”のようなものか。
話をして楽しい、有意義な時間を過ごせる相手が
たまたま異性であったというだけ。

だけれども、そうは問屋が卸さない。

Y氏のメールの最後には
”連絡してください。約束だよ!”
とあった。
ひろが入院してはや3週間。
まだ退院出来ずにいる。
とは言っても、随分と回復はしているので大丈夫。
あとは、日常生活が不安なく送れるかどうかだ。

というわけで、ここのところ毎日、
ひろは外出許可をもらっている。
お昼前に病院を出て、夜8時に戻るのだ。

今日はひろとお昼ご飯を食べ、コーヒーを飲み、
お互い仕事をして、夜ご飯を食べた。

7時過ぎ、病院までひろを送る。

心なしか、ひろに元気がない。
当初の入院予定は10日~2週間。
大幅に延びて、色々、気掛かりなこともあるのだろう。
言葉も少ないし、表情も明るくない。

明日、あさってには退院できるかな、
と踏んではいるのだけれど。